網膜オルガノイドの誘導方法,そして人工多能性幹細胞(iPS細胞)の登場と,日本発の研究成果を受けて,10年余り多能性幹細胞由来網膜オルガノイドを用いた網膜変性に対する網膜再生医療の治療開発に取り組んできた.2020年には世界で初めて多能性幹細胞由来網膜オルガノイドを用いた臨床研究を,網膜色素変性の患者を対象として実施するに至った.本稿の内容は以下のとおりである.
I.臨床研究実施の背景としての前臨床研究および最近の研究から得られた知見
臨床研究を開始するまでに,網膜オルガノイド移植後グラフト視細胞が成熟し,ホストとシナプスを形成し,グラフト視細胞からホストの神経節細胞(RGC)に光応答が伝達されることを検証してきた.加えて最近の知見として,これらのホスト-グラフト間のシナプスは発生段階の行程を模倣して形成されると思われ,またホスト-グラフトシナプス形成効率や分布も分かってきた.
II.臨床研究の経過および評価方法に関する考察
臨床研究では2名の進行した網膜色素変性の患者に網膜オルガノイドシート3枚ずつを移植,3年以上の安定した生着を確認している.補償光学光干渉断層計(AO-OCT)を用いた移植視細胞観察を試みた.また手動弁であった1症例においては術後9~12か月の間にfull field stimulus threshold test(FST),アルファベット認識テスト,固視検査などで改善傾向がみられ,これらの低視力者用の試験を組み合わせることで有用な情報が得られる可能性がある.
III.移植組織の生産効率化,機能性を高めるためのゲノム編集技術を用いた次世代網膜オルガノイドの特徴と霊長類での移植検証,水平細胞のシナプス形成への関与について
今回の臨床研究での安全性と生着確認を受けて,次の段階ではより機能的生着を促進すると思われるゲノム編集株を用い,より広い範囲を覆うことを計画している.広い範囲を覆うためには効率的な製造が必要であり,ゴーストサイトメトリーを用いた一つの可能性を示す.さらに機能促進のためのゲノム編集ヒト胚性幹細胞(ES細胞)/iPS細胞由来網膜オルガノイドの移植後機能解析のほか,霊長類モデルへの移植において有効性を示唆する所見が得られた.また視細胞シナプス形成に必要と思われる水平細胞の関与について考察する.
IV.黄斑円孔への応用
網膜変性以外にも網膜オルガノイド移植は難治性黄斑円孔の治療への応用も期待できる.サルモデルでの円孔閉鎖例を示す.
以上の内容に加え,再生医療という未知の可能性を臨床応用するにあたり,どのようなことを考えながら研究を進めてきたか,今後研究や新たな治療開発を目指す若い眼科研究者に少しでも参考になれば幸いである.(日眼会誌129:329-353,2025)