論文抄録

第117巻第3号

特別講演Ⅱ

第116回 日本眼科学会総会 特別講演II
網膜の微細な形態·機能解析への挑戦とその輝かしい未来
吉田 晃敏
旭川医科大学眼科学教室

1.網膜の微細形態解析への挑戦
我々は長年,網膜の微細形態解析を目的に,走査レーザー検眼鏡(scanning laser ophthalmoscope:SLO)の開発にかかわってきた.特に我々が最近開発に携わった国産初のSLOには,「側方絞り」を搭載し,この絞りで撮影する方法を「レトロモード」と名付けた.これを用いることで,黄斑浮腫における嚢胞様変化や網膜上膜下の網膜皺壁などを明瞭に観察することが可能となった.
特発性黄斑円孔に関する微細形態解析を,スペクトラルドメイン光干渉断層計(spectral-domain optical coherence tomography:SD-OCT)を用いて行い,黄斑円孔形成過程の初期病変を検討した.中心窩点状黄色病変であるステージ1-A切迫黄斑円孔は,SD-OCT所見では,中心窩網膜に癒着する硝子体の前方牽引により視細胞外節末端ラインが引き上げられた三角形の中心窩網膜剥離であることが判明した.さらに,全層黄斑円孔における黄斑部硝子体界面について検討した.細隙灯顕微鏡検査で完全後部硝子体剥離(posterior vitreous detachment:PVD)のない全層黄斑円孔例に対し,SD-OCT検査を行うと,黄斑部硝子体界面に4つの形態が認められ,ステージ2·3全層黄斑円孔の約92%は,傍中心窩後部硝子体剥離(perifoveal PVD)による硝子体の前方牽引で発症し,また,約55%には,中心窩網膜に開いたルーフ状の内層網膜を認め,網膜組織の欠損と考えられる蓋(true operculum)が形成される危険性があると考えられた.
2.網膜の機能解析への挑戦
一方,網膜の機能を評価するため,SLOを用いて視機能評価を行った.独自に開発した微小視野検査のプログラムを用いて網膜感度と局所視力を定量的に評価し,黄斑疾患患者における偏心視域の特徴とその評価の重要性を明らかにした.SLOは,網膜の微細形態を観察しながら網膜機能を評価できる装置であり,我々は,治療までをも1つの装置で行えるall in oneの新たな装置開発への挑戦を続けている.
また我々は,非侵襲的かつ定量的な眼循環測定法であるレーザードップラー眼底血流計を開発し,これを用いて,基礎から臨床にまたがる眼循環のトランスレーショナルリサーチを行った.臨床研究では,網膜血流の自己調節機構のメカニズムを解明するとともに,2型糖尿病患者では網膜症発症前および発症早期に網膜血流量が低下することを明らかにした.ネコを用いたin vivo実験系では生理的負荷時における網膜循環調節のメカニズムを詳細に解明し,血管内皮がその調節に重要な役割を果たすことを明らかにした.また我々は,in vitroの実験系で,シェアストレスによる培養ヒト網膜血管内皮細胞の遺伝子発現変化を検討し,網膜細動脈レベルの生理的なシェアストレスを長時間負荷すると,網膜血管内皮細胞は内皮型一酸化窒素合成酵素やトロンボモジュリンの遺伝子発現を増加させ,一方でエンドセリン-1の遺伝子発現を減少させることを明らかにした.
さらに,我々は,ex vivo摘出血管実験系を用いて,シンバスタチン,ピオグリタゾン,レスベラトロール,フェノフィブラートなどが網膜血管を用量依存性に拡張させることを明らかにし,これらの薬剤が2型糖尿病患者などの低下した網膜血流を改善させる可能性があることを明らかにした.
3.切れ目のない医学·医療支援体制の確立
患者の微細網膜画像をリアルタイムに送受信することで,大学病院から関連病院眼科を支援できるシステムを構築した.立体ハイビジョン画像伝送システムの開発を行い,眼科領域に最適な立体表示方法を確立し,効率的かつ高画質な伝送方式を確立した.Peer to Peer技術を用いた医療情報共有システムや,災害時に緊急性や重要性の高い情報を優先的に伝送できるネットワーク制御技術も開発した.我が国と同様に,都市部と地方の医療格差問題を抱える中国政府からの要請で,これらの技術を北京市や上海市を含む4地域の病院に提供した.また,遠隔在宅医療支援システムを独自に開発し,自宅療養中の退院患者を病院からフォローアップすることを可能とした.すなわち,我々は,網膜の形態·機能解析の結果を世界中の人々と共有できる仕組みを完成した.
4.眼底からの全身健康管理
我々は,網膜の微細な形態·機能解析に,装置の開発も含めて長年挑戦し,多くの成果を挙げてきた.網膜には,全身の情報が存在するので,眼科医が網膜の微細形態·機能解析を同時に行い,それらの結果を我々が開発した遠隔医療の手法を用いることで,世界中の人々と共有できることを示した.眼科医が,人々の「眼底からの全身健康管理」に貢献できることは,我々眼科医の誇りであり,我々の輝かしい未来はここにあると信じている.(日眼会誌117:212-245,2013)

キーワード
網膜微細形態解析, 走査型レーザー検眼鏡(SLO), レトロモード, 光干渉断層計(OCT), 特発性黄斑円孔, 黄斑部硝子体界面, 網膜機能解析, 微小視野検査, 網膜循環, レーザードップラー眼底血流計(LDV), 血流自己調節機構, 糖尿病網膜症, シェアストレス, 網膜血管内皮, 血管作動性物質, 遠隔医療, 立体ハイビジョン(3D-HD), Peer to Peer, 優先制御
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