論文抄録

第117巻第3号

評議員会指名講演Ⅱ

第116回 日本眼科学会総会 評議員会指名講演II
神経眼科の進歩
瞳孔とメラノプシンによる光受容
石川 均
北里大学医療衛生学部リハビリテーション学科視覚機能療法学専攻

虹彩はぶどう膜の最も前方に位置する血管が豊富な組織で,その中央に円形の開口部である瞳孔があり,その中心はわずかに下鼻側に偏位している.瞳孔の機能的役割は光刺激時,近見視時の縮瞳,また縮瞳することにより像のぼやけや収差を軽減させることである.虹彩は解剖学的に前面,すなわち角膜側は前境界層という非常に疎な組織であり,一方後方,水晶体側は前·後色素上皮により非常に強固に細胞間が結合している.そのうえ,色素顆粒が豊富に存在する特殊な構造のため,薬物の影響を非常に受けやすい.その神経支配は交感(アドレナリン作動性)神経の興奮により瞳孔散大筋が収縮し散瞳が,一方副交感(コリン作動性)神経の興奮により瞳孔括約筋が収縮し縮瞳が生ずる.しかし実際には瞳孔括約筋はアドレナリン作動性抑制神経線維の存在が組織学的にも薬理学的にも証明され,さらに瞳孔散大筋にはコリン作動性抑制神経線維の存在が明らかとなった.すなわち散瞳は交感神経の作用にて瞳孔散大筋の収縮とともに瞳孔括約筋の抑制が,さらに縮瞳は副交感神経の作用にて瞳孔括約筋の収縮とともに瞳孔散大筋の抑制が生じる.ほとんどの動物で虹彩はこのような二重の相反の神経支配を有している.
現在,瞳孔研究のトピックスは「対光反射の起源を知る」というきわめて基礎的なものである.これは網膜色素変性などで視機能が消失したものや,錐体·杆体ノックアウトマウスでも対光反射が確認されることから生じたものである.ヒトの眼内で光を感じる細胞は錐体,杆体のみであると考えられてきた.しかし1998年にアフリカツメガエルの表皮からメラノプシンという視物質が分離され,2002年には驚くことに,ヒト網膜神経節細胞中に視細胞からの刺激なくして脱分極するメラノプシン含有網膜神経節細胞(melanopsin containing retinal ganglion cell:mRGC)が発見された.このmRGCは全RGCのおよそ0.2%を占め,非常に大型で,樹状突起が発達している.生理学的には短波長の強い青色光刺激(470 nm近傍)にてゆっくりと脱分極し,光刺激後もその回復は非常にゆっくりとしている特徴を有している.mRGCの投射は,概日リズム中枢である視交叉上核,さらに松果体に達してメラトニン産生を抑制し概日リズム調整,一方で中脳視蓋前域オリーブ核からEdinger-Westphal核へ達し,対光反射を制御している.我々は赤外線電子瞳孔計を用い家兎の対光反射を測定し,赤色光刺激(635 nm)と比較し,青色光刺激(470 nm)にてより大きく,持続的な縮瞳が生じることを確認した.さらに神経伝達物質阻害薬投与,遺伝子操作により視細胞を破壊した家兎でも青色光刺激による対光反射のみ残存すること,さらに組織学的に家兎の網膜内層にmRGCが存在することを合わせて確認した.
一方,ヒトでは青色光刺激による対光反射のみ,新生児から既に生ずることが判明した.これは概日リズム調整が非常に早い時期から始まることを意味していると考えられる.また,眼疾患の早期発見を目的に異なった色,強さ,時間による対光反射測定が有効であるか実験を行ったが,文献考察も含め本分野での結論には至らず,さらに詳細な検討が必要である.今後,瞳孔研究は従来の神経眼科領域のみならず,メラノプシンの発見,さらに屈折矯正手術の進歩により一層発展するものと期待される.(日眼会誌117:246-269,2013)

キーワード
瞳孔, 対光反射, メラノプシン, 網膜神経節細胞, 家兎
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