論文抄録

第118巻第3号

特別講演Ⅱ

第117回 日本眼科学会総会 特別講演Ⅱ
前房隅角と緑内障の病態,診断,治療
田原 昭彦
産業医科大学医学部眼科学

緑内障の発症や進行には,眼圧が何らかの形で関係する.眼圧は房水量に左右され,その流出路である前房隅角の状態は眼圧,さらに緑内障の発症や治療に密接に関係する.本総説では,緑内障の発症病態,診断,治療について,前房隅角を中心に下記について記述する.
I.線維柱帯細胞と細胞外マトリックス
1.副腎皮質ステロイド薬と線維柱帯
ステロイド緑内障眼の線維柱帯を組織学的,免疫組織化学的に調べた.その結果,線維柱帯に無定形物質が多量に蓄積していて,その部にはヘパラン硫酸系プロテオグリカンおよびIV型コラーゲンが分布していた.一方,培養ヒト線維柱帯細胞を用いた実験で,デキサメサゾンが転写因子Twistを介してRhoA/ROCKシグナルを活性化し,細胞骨格の再構築に関与することが明らかになった.シンバスタチンはデキサメサゾンのTwistを介したRhoA/ROCK活性化を抑制した.上記の線維柱帯での細胞外マトリックスの蓄積,線維柱帯細胞の骨格の再構築は,ステロイド緑内障の発症原因となり得る.
2.酸化ストレスと線維柱帯細胞
培養ヒト線維柱帯細胞の抗酸化ストレス作用についてWestern blotting,MTT assay,siRNAを使用して調べた.その結果,線維柱帯細胞は抗酸化酵素ペルオキシレドキシン(peroxiredoxin:PRDX)およびヒストン脱アセチル化酵素Sirt1を発現していた.さらに,チモロールは転写因子Forkhead box o3a(Foxo3a)を介してPRDX2の発現を上昇させることで,抗酸化物質のケルセチンはNrf2/NRF1転写システムを介してPRDX3とPRDX5の発現を上昇させることで,また,タフルプロストはc-myc/Sirt1転写システムを活性化させることで,線維柱帯細胞の抗酸化ストレス作用を増強させることが明らかになった.
3.蛋白質分解酵素と線維柱帯の細胞外マトリックス
培養ヒト線維柱帯細胞は細胞外マトリックスの消化能を有していて,消化能は緑内障眼由来細胞のほうが正常眼由来の細胞よりも高いことが,matrigel invasion assayで分かった.次に,Western blottingで調べた結果,培養ヒト線維柱帯細胞はマトリックスメタロプロテアーゼ(matrix metalloproteinase:MMP)-2,MMP-9およびreversion-inducing cysteine-rich protein with kazal motifs(RECK)を発現していた.一方,チモロールはRECKの発現を抑制し,MMP-9の発現を上昇させる作用を有していた.今回,線維柱帯細胞を採取した緑内障眼は,チモロールを点眼していた.したがって,緑内障眼由来の線維柱帯細胞は,不死化時に有していたチモロールの上記の作用を保持していたので,細胞外マトリックスの消化能が正常眼由来の細胞よりも高かったと考えられる.
II.先天小瞳孔と緑内障
先天小瞳孔の1家系の眼所見について約30年間追跡調査した.調べた22名中7名が先天小瞳孔を有し,その中で20歳以上の5名中4名が遅発型発達緑内障を発症した.以上のことは,先天小瞳孔は家族性に発症し,高率に遅発型発達緑内障を合併することを示す.次に,本家系内の16名についてDNAの連鎖解析,さらに罹患者2名に次世代シークエンサーによるエクソーム解析を行い,原因遺伝子の同定を試みた.その結果,9番常染色体のUNC13B遺伝子が候補遺伝子として残ったが,先天小瞳孔の原因遺伝子と確定することはできなかった.
III.測定機器による眼圧の測定誤差
非接触式眼圧計(以下,NCT),Goldmann圧平式眼圧計(以下,GAT)およびdynamic contour tonometer(以下,DCT)の眼圧測定値に,角膜厚および角膜曲率半径が及ぼす影響について,内眼手術の既往がない眼を対象に調べた.その結果,GAT,NCTともに眼圧測定値は中心角膜厚と正の相関を示したが,角膜が厚いほど,GATによる眼圧値よりもNCTによる眼圧値のほうが,より高く測定された.GATの測定値は角膜曲率半径と負の相関があったが,NCTの測定値は相関を示さなかった.一方,DCTよる眼圧測定値に角膜厚の影響はなかった.さらに,緑内障を有さない九州在住の20歳以上の日本人500名について調べたところ,DCTで測定した右眼の眼圧は17.0±3.1 mmHg(平均値±標準偏差)であった.
IV.補助材料を用いた緑内障手術
緑内障に対する濾過手術後の濾過胞維持を目的に,補助材料を用いた緑内障手術を考案した.
1.FocalSeal®を使用した濾過手術
FocalSeal®(以下,FS)はゲル状の創傷接着剤で,青緑色光の照射により硬化する.家兎眼に線維柱帯切除術を行い,強膜手術創上に硬化させたFSを留置した後に結膜創を縫合した.術後,経時的に眼圧を測定し,濾過胞の状態を超音波生体顕微鏡および形態学的に調べた.その結果,FS使用眼では,非使用眼に比較して眼圧は低値で,濾過胞は長く保たれた.また,結合組織の増殖も少なく,FSが濾過手術に有用なことが示唆された.
2.FSによる濾過胞漏出の閉鎖
家兎眼に上記の線維柱帯切除術を行い,1週後に濾過胞結膜に穴を開け,濾過胞漏出モデルを作製した.房水漏出部をFSで閉鎖した眼では,閉鎖1週後も房水漏出はなかった.FSを塗布しなかった対照眼では房水漏出が持続していた.また,FS使用眼では,形態学的に創は結膜上皮で覆われていて,FSが濾過胞漏出の修復に有用なことが示された.
3.羊膜被覆シリコーンスポンジを使用した濾過胞再建術
難治性緑内障8名8眼に,羊膜で被覆したシリコーンスポンジを,濾過創部から子午線方向に強膜に縫着する濾過胞再建術を行った.術後6眼で6か月以上,最長30か月間,緑内障点眼薬を使用して眼圧が20 mmHg以下に維持された.その間,2眼に2回ずつニードリングを,1眼に結膜縫合創からの房水漏出に対し羊膜被覆術を行ったが,他に問題になる合併症はなかった.羊膜で被覆したシリコーンスポンジを用いた緑内障濾過手術は,難治性緑内障に対し有用な治療法と思われる.(日眼会誌118:189-215,2014)

キーワード
線維柱帯, ステロイド緑内障, 酸化ストレス, 先天小瞳孔, 羊膜, 濾過胞再建術, 培養ヒト線維柱帯細胞, マトリックスメタロプロテアーゼ, dynamic contour tonometer, FocalSeal®, 濾過胞漏出, Goldmann圧平式眼圧計, 非接触式眼圧計
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