論文抄録

第118巻第3号

評議員会指名講演Ⅱ

第117回 日本眼科学会総会 評議員会指名講演Ⅱ
眼疾患と遺伝子
ゲノムワイド遺伝子発現解析による眼内増殖性疾患の責任遺伝子同定と治療への展開
吉田 茂生
九州大学大学院医学研究院眼科学分野

眼内細胞増殖は後天視覚障害の上位を占める糖尿病網膜症(diabetic retinopathy:DR),加齢黄斑変性(age-related macular degeneration:AMD)や増殖硝子体網膜症(proliferative vitreoretinopathy:PVR)などで観察される.これらの眼内増殖性疾患においては,網膜の上下に生じる線維(血管)増殖組織(以下,増殖組織)が主要病態である.これは一種の創傷治癒反応であるが,眼内で過剰に起こると難治となる.近年,AMDやDRの治療に抗血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor:VEGF)療法が導入され,一定の成果をあげている.しかしその効果は限定的であり,増殖組織の病因に基づいた新しい分子標的薬の創製が期待される.一方,ゲノム医科学の進歩によりヒトゲノム配列や発現遺伝子の情報が飛躍的に蓄積され,眼疾患を新たな視点からとらえることが可能となった.我々は,ゲノムワイド遺伝子発現解析により眼内増殖性疾患の遺伝子レベルの知見を蓄え,これを基盤とした新しい分子標的療法の開発を試みた.
I.PDR·PVR増殖組織のゲノムワイド遺伝子発現解析
眼内増殖性疾患の責任遺伝子を抽出する目的で,増殖糖尿病網膜症(proliferative diabetic retinopathy:PDR)とPVRに伴う増殖組織,続発黄斑上膜,正常網膜のゲノムワイド遺伝子発現解析を行った.PVRに伴う増殖組織と増殖のより緩やかな続発黄斑上膜の遺伝子発現プロファイルの比較により増殖組織活動性規定遺伝子群を,PDR·PVR増殖組織と正常網膜由来遺伝子発現プロファイルの比較により増殖組織特徴的遺伝子群を抽出した.増殖組織活動性規定遺伝子群は細胞接着,増殖などの機能単位に,特徴的遺伝子群は細胞外マトリックス,細胞接着,分化,増殖などに分類できた.組織修復に関与するマトリセルラー蛋白質であるペリオスチンは両群に含まれており,正常網膜に比べて増殖組織で特異的に発現が亢進し,その増殖活性を促進する重要分子であると考えられた.
II.ペリオスチンの機能解析
ペリオスチンはPDR·PVRいずれにおいても患者硝子体で高値を示し,病期と正の相関を示した.また,正常網膜には発現せず,PDR·PVR増殖組織のα-smooth muscle actin(α-SMA)陽性細胞に特異的に発現していた.In vitroでペリオスチン蛋白質投与により,増殖組織の構成細胞であるヒト網膜色素上皮細胞の増殖,遊走,接着,コラーゲン合成が亢進した.また,ペリオスチン阻害によりtransforming growth factor-β2(TGF-β2)あるいは患者硝子体依存性の細胞接着と遊走が抑制された.In vivoでは,ペリオスチン阻害によりPVRの進行や網脈絡膜線維(血管)増殖が抑制された.以上よりペリオスチンは眼内増殖抑制治療の分子標的になると考えられた.
III.虚血網膜のゲノムワイド遺伝子発現解析
眼内増殖の前駆病変として重要な虚血の分子病態を把握する目的で,酸素負荷虚血網膜血管新生モデルマウス網膜のゲノムワイド遺伝子発現解析を行った.虚血網膜で発現が変動した遺伝子群は,血管新生,神経形成関連因子,炎症,抗アポトーシス,解糖系などの機能単位に分類された.虚血網膜では,代表的な虚血関連因子であるvascular endothelial growth factor A(Vegfa)やhypoxia inducible factor 1α(Hif1α)に加えて,macrophage inflammatory protein 1β(Mip1β)の発現レベルが最も上昇していた.そこで同モデルを用いて,MIP-1βの骨髄由来単球系細胞誘導の役割について検討した.MIP-1βは,網膜の虚血部位に発現を認め,その受容体であるCCR5は,虚血網膜中の骨髄由来単球系細胞に発現していた.MIP-1β中和抗体の硝子体内投与により,骨髄由来単球系細胞の虚血網膜への浸潤が減少し,網膜内生理的血管新生は抑制され,網膜上病的新生血管面積は増加した.MIP-1β中和抗体投与網膜では,VEGF-Aの発現が亢進し,MIP-1βとVEGF中和抗体同時投与により網膜上病的血管新生は著明に抑制された.以上より,MIP-1βは虚血網膜に骨髄由来単球系細胞を誘導し,網膜内生理的血管新生を促進することが明らかとなった.
IV.革新的ペリオスチン標的核酸医薬の創製
増殖性網膜硝子体疾患の硝子体においてペリオスチンとVEGF-Aの相関はなく,ペリオスチンを標的とした分子標的薬を創製できれば,抗VEGF薬と相加的効果をもたらすことが期待された.そこで,日本独自の技術である一本鎖RNA干渉をプラットフォームとしてペリオスチン標的一本鎖核酸配列を最適化した.最適化ペリオスチン標的一本鎖核酸は網脈絡膜線維血管増殖を抑制した.将来,オープンイノベーションによりこの画期的新薬が臨床応用され,DRやAMDなど眼内増殖性疾患の治療予後向上につながることが期待される.(日眼会誌118:241-282,2014)

キーワード
眼内細胞増殖, ゲノムワイド遺伝子発現解析, expressed sequence tag analysis, DNAマイクロアレイ, 増殖糖尿病網膜症, 増殖硝子体網膜症, 加齢黄斑変性, 網膜上増殖組織, ペリオスチン, 虚血, macrophage inflammatory protein-1β, オープンイノベーション
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