論文抄録

第118巻第4号

総説

非動脈炎性虚血性視神経症の動物モデルを用いた治療の試み
中馬 秀樹
宮崎大学医学部感覚運動器分野眼科学

非動脈炎性虚血性視神経症(nonarteritic ischemic optic neuropathy:NAION)は,急性片眼性発症の視神経疾患の一つである.本疾患の問題点は,急性期の前部視神経炎との鑑別診断が困難であること,急性期の有効な治療法が確立されていないこと,引き続き15~25%の例に起こるとされる僚眼発症の予防法が見出されていないことである.
NAIONと前部視神経炎との鑑別診断を容易にするために,laser speckle flowgraphy(LSFG)に注目し,評価した.正常者では,右眼と左眼で視神経乳頭部の血流量に有意な左右差をみなかった.NAION群では,病眼は全例,僚眼と比較して血流量を示すmean blur rate(MBR)値が平均29.5%低下していた.一方,前部視神経炎群では,病眼は全例,僚眼と比較してMBR値が平均15.9%増加していた.両疾患とも検眼鏡的にはともに乳頭腫脹がみられたにもかかわらず,LSFGでは血流量の違いを表し,鑑別に有用であると考えた.
NAION急性期の治療に関しては,Bernsteinらにより開発されたラットモデルを追試することから始めた.SDラットにローズベンガル液を尾静脈より静注し,その後,左眼のみの視神経乳頭にアルゴングリーンレーザーを照射した.その結果,介入眼では,乳頭内の微小血管が閉塞し,乳頭腫脹を生じ,フルオレセイン蛍光眼底造影検査初期で乳頭部およびその周囲の脈絡膜への蛍光色素の充盈遅延と後期の蛍光漏出をみた.電気生理学的には,視覚誘発電位で明らかな振幅の低下がみられ,網膜電図でb波,律動様小波の低下をみず,網膜神経節細胞(retinal ganglion cell:RGC)の機能を表すscotopic threshold response(STR)で振幅の低下をみた.以上から,乳頭部に虚血を起こし,乳頭腫脹と視神経および網膜神経節細胞のみの機能低下を来していることが確認できた.したがって,Bernsteinらと同様の虚血性視神経症のラットモデルを作製することができたと考え,ラットNAIONモデル(rodent model of NAION:rNAION)とした.
rNAIONを病理組織学的に評価すると,急性期では,乳頭部の神経線維の腫脹を認めた.急性期の炎症の有無を組織学的,免疫染色で検索したが,炎症反応はみられなかった.慢性期の病理組織ではRGC数のみ減少していた.したがって,治療効果の評価は,急性期の腫脹と慢性期のRGC数の減少および視神経萎縮について行う必要があると考え,光干渉断層計(optical coherent tomography:OCT)による乳頭周囲網膜内層厚の変化,STRによるRGCの機能変化,およびフルオロゴールドを用いた逆行性染色による生存RGC数の変化を指標に行った.
rNAIONの病理組織に炎症は関与していなかったため,短後毛様動脈の虚血を改善することが治療の第一歩であると考え,治療薬の選択のために白色家兎の短後毛様動脈を単離し,各種薬剤の薬理学的な効果の検討を行った.その結果,ベバシズマブは高カリウム液で収縮させた短後毛様動脈を弛緩させなかった.副腎皮質ステロイドは一酸化窒素(nitric oxide:NO)非依存性に弛緩させた.Sodium nitroprusside(SNP)は,外因性のNOにより弛緩させた.
短後毛様動脈の弛緩作用がみられた副腎皮質ステロイドと,NOの基質であり,他の疾患に対し臨床で使用されているL-アルギニンの,rNAIONに対する治療評価を試みた.副腎皮質ステロイド治療群では,無治療群と比較して,発症早期のOCTによる網膜内層厚は有意に薄かったが,28日以後の慢性期の網膜内層厚には有意差を認めなかった.STRの振幅に有意差を認めなかった.生存RGC数も有意差を認めなかった.以上より,副腎皮質ステロイドは,発症早期の腫脹は有意に抑えられるが,その後のRGCの機能低下,RGC数維持効果はみられないことが分かった.L-アルギニン治療群では,無治療群と比較して発症早期の網膜内層厚は有意に薄く,慢性期の網膜内層厚は有意に厚かった.STRの振幅は,投与後28日で有意に大きかった.生存RGC数も有意に多かった.L-アルギニンは,発作時の腫脹抑制の程度は副腎皮質ステロイドよりも軽度であったが,RGCの機能低下とRGC数の減少を有意に抑えることができた.
神経保護効果を強めるため,経角膜電気刺激(transcorneal electric stimulation:TES)を試みた.TESは,OCTでは評価できず,STRとRGC数で評価した.TES治療群では,無治療群と比較してSTRの振幅は,28日後で有意に大きかった.生存RGC数は,14日と28日後で有意に多かった.神経保護効果はTESが最も優れていた.
NAIONのもう一つの問題,片眼NAION発症後の僚眼発症の予防については,L-アルギニンを事前投与したうえで,rNAIONを作製し,その効果を評価した.L-アルギニン事前内服投与群では,無治療群と比較して,有意に乳頭腫脹の程度が軽く,神経線維の菲薄化も抑えられた.STRにおいてRGCの機能が有意に維持された.また,残存RGC数も有意に多かった.以上の結果から,L-アルギニンの事前投与は,発作時の腫脹の程度を軽度に抑え,その後のRGCの機能低下とRGC数減少を有意に抑えることが分かった.
これからの展望として,本研究を発展させ,これらのrNAIONに対する治療結果をもとに,まず自験例から臨床研究をはじめ,臨床的に有効性が確認できれば多施設トライアルへと移行したい.またさらに良い治療法を求め,引き続き研究の推進が必要である.(日眼会誌118:331-361,2014)

キーワード
非動脈炎性虚血性視神経症(NAION), レーザースペックル, ラットNAIONモデル, 副腎皮質ステロイド, L-アルギニン, 経角膜電気刺激
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