論文抄録

第119巻第3号

特別講演I

第118回 日本眼科学会総会 特別講演I
黄斑と硝子体
岸 章治
群馬大学大学院医学系研究科脳神経病態制御学講座眼科学分野

黄斑には網膜硝子体病変が好発するが,その発症機序は不明であった.我々は1983年に剖検眼の網膜表面の走査電子顕微鏡による観察を始めた.その後,剖検眼で硝子体の構造を検索し,その新知見に基づいて臨床研究を行った.1997年に光干渉断層計(optical coherence tomography:OCT)が導入されてから臨床例で網膜硝子体界面を観察した.2012年からswept source OCTで硝子体のゲルと液化腔の可視化が可能になり,ついに生体眼で硝子体の黄斑病変への作用機序を解明するに至った.
I.走査電子顕微鏡で後部硝子体剥離(posterior vitreous detachment:PVD)の生じた剖検眼の網膜表面を観察し,硝子体皮質が中心窩に高率に残存しているのを発見した.これは中心窩での強い網膜硝子体接着と,黄斑前膜が硝子体皮質由来である可能性を示唆するものであった.
II.剖検眼の硝子体をフルオレセインで染色して水浸状態で観察することで,成人眼には「後部硝子体皮質前ポケット」(以下,硝子体ポケットと略)が常にあることを発見した.
III.硝子体ポケットに基づいて以下の疾患の発症機序を説明した.
1.糖尿病網膜症の輪状増殖病変は硝子体ポケットの外縁に形成される.ポケットの外側ではPVDが起こるが,ポケット後壁の硝子体皮質は網膜側に残存しており黄斑偏位や嚢胞様黄斑浮腫の原因になる.
2.黄斑前膜では剥離した後部硝子体皮質に前膜に一致した円形欠損がある.硝子体皮質が前膜の骨格と考えられた.
3.黄斑円孔への硝子体手術で人工的にPVDをつくると,黄斑前に後部硝子体皮質の円形欠損ができる.網膜側に残存した硝子体皮質はゲルを伴わない弾力のある線維膜である.すなわちポケット後壁の接線方向の収縮が前方への牽引を生み出すと考えられた.
IV.1997年にtime domain OCTが導入され,網膜から薄く剥離した硝子体皮質と網膜の分離が可視化できるようになった.OCTを使用して,黄斑円孔の形成過程,強度近視の中心窩分離,分層黄斑円孔の形成機序を示した.2007年以降は,spectral domain OCTで加齢による網膜硝子体界面の変化を表示した.
V.Swept source OCTの登場により硝子体ポケットの全貌が観察できるようになった.硝子体ポケットは舟形であり,Cloquet管との間に連絡路があった.これらの構造は小児期に形成された.OCTによる硝子体ポケットの可視化により,我々の従来からの仮説の合理性が証明された.硝子体ポケットの生理的意義は不明であるが,房水がCloquet管と連絡路を通って黄斑前の硝子体ポケットに流入している可能性がある.(日眼会誌119:117-144,2015)

キーワード
走査電子顕微鏡, 硝子体皮質, 後部硝子体皮質前ポケット, 糖尿病網膜症, 黄斑円孔, 網膜前膜, 特発性黄斑前膜, 中心窩分離, 光干渉断層計
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