論文抄録

第119巻第3号

特別講演II

第118回 日本眼科学会総会 特別講演II
ヘルペスと闘った37年
下村 嘉一
近畿大学医学部眼科学教室

単純ヘルペスウイルス1型(herpes simplex virus type 1: HSV-1)はヒト角結膜に初感染後,三叉神経節などに潜伏感染する.精神的ストレス,熱刺激,紫外線,免疫抑制などの誘因によりHSV-1が再活性化され,上皮型ヘルペス性角膜炎,実質型ヘルペス性角膜炎などを発症する.
本総説では,HSV-1の潜伏感染,再活性化について最近の研究成果を紹介したい.
I.近畿大学眼科におけるヘルペス性角膜炎症例の検討
約13年間に近畿大学(本院,堺病院,奈良病院)の角膜外来を受診し,ヘルペス性角膜炎と診断され,当院で1年以上経過観察した128例129眼を対象とし,受診時病型,再発移行形態につき検討を行った.
受診時の病型は,上皮型65眼(50%),実質型30眼(23%),上皮·実質混合型18眼(14%)などで,再発は全体の47%にみられた.上皮型の再発は上皮型が多く,実質型の頻回再発例は上皮型,実質型,混合型などを繰り返した.
II.マウス上皮型ヘルペス性角膜炎に対する抗ヘルペス薬の効果
ヒト上皮型ヘルペス性角膜炎症例に対し,アシクロビル(acyclovir:ACV)眼軟膏を2~3週間投与する場合が一般的に多い.果たして,「これだけの期間の投与が必要なのか?」この疑問を解決するために,マウス上皮型ヘルペス性角膜炎に対する抗ヘルペス薬の効果を経時的に調べた.
マウス角膜にHSV-1を感染させ,ACV眼軟膏,バラシクロビル(valaciclovir: VACV)内服,ファムシクロビル(famciclovir: FCV)内服を5日間施行した.結果は,涙液viral culture法で,ACV眼軟膏とVACV内服群では投与開始4日後,FCV内服群では6日後にはウイルスを認めなかった.Real-time polymerase chain reaction(PCR)法による検討では,眼球または三叉神経節において,投与開始4~6日後に生理食塩水点眼群と比較して,HSV DNAコピー数の有意な減少を認めた.以上により,抗ウイルス薬は5日間の投与で,眼球表面および眼球におけるHSV-1量を十分に減少させることが可能であると考えられた.
III.角膜潜伏感染
ウイルス学的手法および分子生物学的手法を用いて,HSV-1角膜潜伏感染を証明するため,ヒト角膜において,①HSV DNAが存在する,②感染ウイルスは存在しないが,潜伏ウイルスは存在する(negative homogenate,positive explant),③角膜にlatency-associated transcript(LAT)のみが検出され,他のウイルス遺伝子(α,β,γ)の転写物が検出されない,の3項目について検討した.
結果は,ヘルペス性角膜炎の既往がある症例の摘出角膜3片において,上記の①,②,③すべてを満たした.以上の結果から,ヒト角膜におけるHSV-1潜伏感染の可能性が示された.
IV.Multiplex real-time PCR法を用いた前眼部,前房水からのHSV-1,HHV-6,HHV-7 DNA検出
HSV-1,ヒトヘルペスウイルス6型(human herpes virus 6: HHV-6),ヒトヘルペスウイルス7型(HHV-7)に対するmultiplex real-time PCR法を,眼科学分野において世界で初めて施行した.
サンプルは,白内障手術の術前および手術3日後の涙液,全層角膜移植術の術前および手術3日後の涙液,白内障手術中に採取した前房水であった.結果は,multiplex real-time PCR法により,白内障手術および全層角膜移植術前後の涙液において,HSV-1,HHV-6,HHV-7のDNAが存在していることが示された.
V.再活性化抑制時の遺伝子発現の検討
近年,HSV-1の再活性化におけるnuclear factor-kappa B(NF-κB)の関与が報告されている.NF-κBの活性を阻害するI kappa B kinase-β(IKK2)阻害薬を用いて,マウスモデルにおいてHSV再活性化抑制時の遺伝子発現を検討した.IKK2阻害薬腹腔内注射(腹注)群では,real-time PCR法で三叉神経節におけるHSV DNAコピー数の有意な減少を認めた.Microarray法では,1,812プローブが2倍以上発現増加していた.パスウェイ解析では,IKK2阻害薬腹注群では免疫抑制効果が緩和されていることが示された.
VI.ヘルペス性角膜炎に関わる免疫応答
ヒトヘルペス性角膜炎症例,マウスヘルペス性角膜炎におけるケモカイン発現プロファイルを解析した.Th1型ケモカインであるCxcl9,Cxcl10,Ccl5の上昇,またTh17型ケモカインであるCcl20の上昇がみられた.一方,Th2型ケモカインの上昇はみられなかった.免疫応答は主として三叉神経節内で生じていた.これらの結果から,Th17型免疫応答の積極的誘導によりヘルペス性角膜炎発症を予防しうると考えられた.(日眼会誌119: 145-167,2015)

キーワード
ヘルペス性角膜炎, 単純ヘルペスウイルス1型, 三叉神経節, アシクロビル, バラシクロビル, 潜伏感染, 再活性化, latency-associated transcript(LAT), multiplex real-time polymerase chain reaction法, microarray法, ケモカイン
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