論文抄録

第119巻第3号

評議員会指名講演I

第118回 日本眼科学会総会 評議員会指名講演I
眼疾患メカニズムの新しい理解
失明ゼロを目指して
中澤 徹
東北大学大学院医学系研究科神経感覚器病態学講座眼科学分野

緑内障は,本邦での中途失明の最大の原因となっている眼疾患である.その理由の一つに,エビデンスが確立された唯一の治療法である眼圧下降治療を十分に行った場合でも,病状が進行する症例が多いことが挙げられる.そのため,緑内障病態に関与する眼圧非依存因子を同定し,その因子を標的とした新たな治療薬を開発することは,緑内障診療における大きな課題である.しかし,緑内障はその病態が複雑であり,症例ごとにさまざまな因子の異なる組み合わせによって,病気が発症·進行すると考えられる.そのうえ,非常に緩徐に進行する緑内障の病状を,比較的短期間に評価できる優れた評価方法がないという問題もある.開発した新規治療薬の臨床応用の前には,限られた資金と人的資源を用いて,臨床試験で薬効を証明する必要がある.このことを考えると,緑内障病態の細分化と評価法の改善は,今最も力を入れるべき重要課題である.
本討論では,①眼圧非依存因子に着目した緑内障の分類細分化と診療の効率化を目的とする臨床研究,②病態に根差した創薬研究として,マウス軸索障害モデルを用いた網羅的遺伝子発現解析と分子標的創薬への展開を目指した基礎研究,③最後に緑内障診療の未来展望として,次世代in vivoイメージングの開発やビッグデータ解析につながる基盤整備,の3つのパートに分けて,神経保護薬創出に向けての我々の取り組みの一端を紹介する.
最初に,①眼圧非依存因子に着目した緑内障の分類細分化と診療効率の向上を目的とする研究について紹介する.緑内障は多因子疾患であり,視野障害進行のパターンや進行スピードなど多様性が大きく,臨床試験を行う場合の支障となっている.その問題を解決するために,我々はNicolelaらが提唱した視神経乳頭形状4分類に沿って緑内障の分類細分化を行い,各群で緑内障を均一化できるのか,その妥当性を検証した.正常眼圧緑内障(normal tension glaucoma: NTG)では,乳頭形状ごとにoptical coherence tomography(OCT)により計測された乳頭周囲網膜神経線維層厚(circumpapillary retinal nerve fiber layer thickness: cpRNFLT)の障害好発部位に特徴があることが判明した.さらに乳頭形状ごとに緑内障による視力低下の頻度が異なり,Humphrey視野検査では視野障害進行スピード,障害部位,進行部位などに異なる傾向がみられた.このようにNicolelaらの分類に沿って緑内障の分類細分化を行うことにより,緑内障の多様性に伴う問題をある程度解決できることが分かった.
さらに緑内障進行の検出感度の向上を目的にして,網膜神経線維の走行に沿ったセクターの設定を行った.まず,NTG患者のOCTデータを用いて12時区分の耳側cpRNFLT(6~12時方向)とそれぞれの区分の残存cpRNFLTに統計学的に相関して変化するHumphrey視野検査点のマップ(視野セクター)を作成した.このマップにより,視野障害が同時に一塊となって起こりやすい視野検査点のセクターを予測することが可能となった.さらに,OCT黄斑マップでも,同様な方法を用いて10×10グリット内のセクターを作成した.視野·OCT黄斑マップの神経走行に沿ったセクターごとに解析することで,より正確で鋭敏な緑内障進行判定が可能となった.また,laser speckle flowgraphy(LSFG)を用いた乳頭血流解析において,正常眼と比べNTG眼では病気の初期から血流量が減少し,その1心拍における波形もピークが遅延していることが判明した.次に,swept source OCT(SS-OCT)と新たに独自開発した解析ソフトウェアを組み合わせることにより,乳頭組織の深部に位置する篩状板の全容を詳細に描出することを試みた.この緑内障眼の篩状板形状解析により,緑内障の初期でも篩状板の変形が起こっていることを示す予備的なデータが得られた.この結果は,緑内障病態に篩状板変形を介した軸索障害が関与していることを示唆している.
次に,②病態に根差した創薬研究として,マウス軸索障害モデルを用いた網羅的遺伝子発現解析と分子標的創薬への展開を目指した基礎研究について述べる.我々は,臨床で得られた緑内障と篩状板に関する知見を踏まえ,軸索障害を制御する機序の解明と,その機序に基づく創薬研究を行った.最初にマウス軸索障害モデルの網膜を採取し,次世代シークエンサーを用いた網羅的遺伝子発現解析とパスウェイ解析を行った.これらの解析では,小胞体ストレスパスウェイに属するChopなどの遺伝子群の発現が上昇しているという特徴的な結果が得られた.これらの遺伝子発現の変化は網膜神経節細胞で起こっていることが免疫組織染色で確認され,これらの小胞体ストレス関連分子の創薬ターゲットとしての適性が示唆された.さらに我々は,最初の創薬ターゲットとしてCHOPを選定し,現在すでにヒトで使用されている1,274種類の薬剤で構成される既存薬ライブラリーを用いてCHOP阻害薬を探索中である.
最後に,③緑内障診療の未来展望を考えてみたい.まず,詳細な病態解析を可能にする次世代in vivoイメージング法の研究開発について述べる.この研究の目的は緑内障の診断効率の向上や多因子疾患である緑内障の病態を,細胞レベルで検出して分子特異的治療を開発することにある.現行の視野検査は自覚的検査であり,その閾値を求める検査のため再現性が悪く,視野検査に依存した進行判定だけで緑内障の進行を見極めるには限界がある.今回は死にゆく網膜神経節細胞をin vivoイメージングで検出し,緑内障の病状を高感度で描出する方法に注目した.従来の蛍光プローブを用いた網膜神経節細胞死のin vivoイメージング法は検出に時間がかかるという問題があったため,共焦点走査型検眼鏡を用いて死細胞プローブ(SYTOX Orange)の有効性を検討した.このプローブの使用により,短時間かつ高感度で網膜神経節細胞死を鮮明に描出できることを明らかにした.今後,網膜神経節細胞死を鋭敏に検出でき,分子病態を反映するプローブは緑内障の診断や進行判定ツールとして臨床応用が大いに期待される.次に,オールジャパン体制によるビッグデータ解析に触れる.緑内障の基本的なデータ(眼圧や視野など)から最先端の技術を駆使した先駆的網羅データ(画像データ,DNA·RNAマーカー,メタボロームなど)までできるだけ多種多様なデータを集めることは,新たな解析手法により創薬ターゲットや緑内障の進行予測などのバイオマーカー探索に発展する重要な研究である.データベースの作成には開業医から中核病院,大学病院など異なる診療レベルの協力が不可欠であり,さらに得られた成果をスムースに診療に結びつけていくために製薬企業や医療機器企業などとも協力してオールジャパン体制で臨むことが鍵となる.
失明ゼロを目指すためには現状の診療レベルの向上,治療法のない疾患に対する創薬研究,さらには眼科に関わるプロフェッショナルが,同じ方向をみて協力し合うことの大切さについて報告させていただいた.震災を契機に無償の援助の大切さを実感し,東北から「ありがとうをチカラに」.これからも,アカデミアに働く我々は医学を前進させることにより社会貢献をしていきたい.(日眼会誌119: 168-194,2015)

キーワード
開放隅角緑内障, 正常眼圧緑内障, 眼圧, 視野, 神経保護, RNAシークエンシング, 創薬, laser speckle flowgraphy, optical coherence tomography, 乳頭周囲網膜神経線維層厚, CHOP, in vivoイメージング, 小胞体ストレス
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