論文抄録

第120巻第3号

評議員会指名講演I

第119回 日本眼科学会総会 評議員会指名講演I
次世代の眼科治療
iPS細胞による網膜細胞治療
高橋 政代
理化学研究所多細胞システム形成研究センター網膜再生医療開発研究プロジェクト

1990年代の中頃からの神経幹細胞,胚性幹細胞(ES細胞),人工多能性幹細胞(iPS細胞)と続く基礎科学の進歩を受けて,最近では,中枢神経を含めさまざまな組織の細胞移植による治療(再生医療)が将来医療の大きな流れになると考えられている.著者らは実用化研究を経て,2014年,iPS細胞由来網膜色素上皮(RPE)細胞シートを滲出型加齢黄斑変性患者1例目に移植した.加齢黄斑変性というRPEの老化によって引き起こされる疾患を患者本人の若返った正常な組織で置き換えることは根本治療につながると考える.
初めてのiPS細胞由来細胞を用いた臨床研究であるので主要評価項目は安全性であり,手術1年後に副次評価項目である効果とともに判定する.移植する細胞シートはさまざまな検査や免疫不全マウスを用いて繰り返し行った造腫瘍性試験で安全性が確認されており,細胞の純度,染色体,遺伝子の解析などを検討して安全を確保しているが,実際の安全性を確認することが目的であった.
これをスタートとして再生医療を将来の標準治療とするためには,費用と効果などを考え戦略を練る必要がある.自家RPE細胞シートは科学的には最も良い細胞材料であるものの,作製コストが莫大であり手術法の難易度が高いという問題がある.広く使える治療とするためには,京都大学山中伸弥教授が計画しているhuman leukocyte antigen(HLA)6座ホモのiPS細胞ストックを用いて,HLAが部分的にマッチした患者への他家移植を標準治療として進めていくことが考えられる.対象疾患や病期によっても必要な細胞の剤形は異なるとも考えられるので,再生医療はこれまでの薬剤治療とはまったく異なる道筋で治療を完成させていくことになろう.
また,視細胞の変性に対してはiPS細胞由来の視細胞をマウスモデルに移植して動物でのproof of concept(POC)がほぼ得られ,視細胞移植についても最短で臨床試験を開始したいと考え準備をしている.さらに,現在,視細胞移植の材料は杆体細胞と錐体細胞の混合シートであるものの錐体細胞の割合は低いので,錐体細胞の率を高めた移植材料も必要となる.視細胞移植で効果が出れば中枢神経の神経回路網再構築の最初の例であり,RPE細胞のシートや浮遊液,脈絡膜血管の治療と合わせて,さまざまな網膜変性疾患の治療法が広がることと考えられる.(日眼会誌120:210-225,2016)

キーワード
幹細胞, 網膜細胞移植, 神経幹細胞, ES細胞, iPS細胞, 網膜色素上皮, 視細胞, 加齢黄斑変性, 網膜色素変性
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