論文抄録

第121巻第3号

評議員会指名講演:眼科手術のサイエンス

第120回 日本眼科学会総会 評議員会指名講演I
眼科手術のサイエンス 前眼部手術のsustainabilityを考える―今日のデータを明日のために
宮田 和典
宮田眼科病院

眼光学系の担い手である角膜,水晶体に対する前眼部手術には,良好な視機能の改善と高い安全性とともに,それらの長期にわたる維持が求められる.そこで,長期に蓄積された多症例の診療データを使用して前眼部手術の効果と安全性の持続可能性,すなわち手術のsustainabilityを検討した.
翼状片の視機能への影響は角膜中央部への進展度と相関しており,翼状片手術後の視機能が安定するには,重症であるほど長期間を要した.また,再発は,再発翼状片と比較して,初発翼状片のほうが,再発率が少なく,短期間に生じていた.さらに,翼状片のエピゲノム解析を行い,CpGアイランドにおけるメチル化の程度を検討したところ,正常結膜,初発翼状片,再発翼状片の順に,多くの細胞増殖抑制因子の活性が抑制されるとともに,細胞増殖促進因子が活性化され,細胞増殖傾向にあった.こうした研究は,今後の翼状片の病態解明や再発予防の糸口になると考えられる.
エキシマレーザーを用いた角膜屈折矯正手術は,視機能の長期安定性が問題となる.そこで,術後の視機能,角膜形状の長期的経時変化を検討した.Laser in situ keratomileusisの角膜知覚などの生理学的機能および角膜の高次収差は,術後1年で回復し,術後10年目においても安定していた.一方,角膜厚は,術後10年間持続的に増加し,近視化が継続していた.
角膜移植術では,移植角膜の透明性と視機能の長期保存が求められる.全層角膜移植術(PKP)の術後12年の平均累積透明治癒率は60.4%で,原疾患として円錐角膜,角膜変性症が最も良く,水疱性角膜症,再移植が悪かった.PKPと角膜内皮移植術(DSAEK)の術後5年の成績を比較すると,DSAEKが累積透明治癒率,術後視機能ともに良好であった.また,再移植例に対して導入した人工角膜(Boston keratoprosthesis)は,PKPよりもグラフト生存率,術後視機能ともに良好であった.
特定の眼内レンズ(IOL)の表面散乱の継続的増加は,長期的な問題となっている.表面散乱の増加は,術後10年以上経過しても継続していたが,視機能への影響は大きくなかった.摘出IOLと加速劣化IOLの凍結割断面の観察により,表面散乱は,IOL表層の小さな水相分離であることが分かった.実験的に測定した,表面散乱による前方散乱は,大きくなかったが,臨床例における潜在的な影響が危惧された.
結膜囊内常在菌叢は,日常における細菌感染に対する防御を司っていると考えられる.しかし,周術期に使用される抗菌薬は,結膜囊内常在菌叢を破綻させてしまう可能性があり,抗菌薬終了後に術前の状態に戻るかどうか,その修復過程も未知である.そこで,前眼部手術後の結膜囊内常在菌叢のsustainabilityを検討した.
前眼部環境の背景を調査するために,白内障手術前の結膜囊からの検出菌の経年的変化を検討した.Staphylococcus epidermidis(SE)のレボフロキサシン(LVFX)感受性率が年々低下しており,結膜囊内常在菌のキノロン系抗菌薬に対する耐性化が急激に進行していることが窺えた.
周術期抗菌薬の結膜囊内常在菌叢に与える長期的影響は,耐性化が大きな問題である.そこで,結膜囊内常在菌叢の回復時期,SEのLVFX感受性率の経時的変化を検討した.検出菌株数は術後3か月で回復したが,SEのLVFX感受性率は術後9か月経過しても,術前値には回復していなかった.また,抗菌薬投与期間の影響を検討するために,術後1週間と1か月間投与の菌の耐性化と長期的な回復時期を比較したところ,術後1週間投与のほうが感受性の回復が早かった.
翼状片手術,角膜屈折矯正手術,角膜移植術,IOLの長期データを科学的に解析した.また,周術期抗菌薬の影響を受けた常在菌叢の回復過程を明らかにした.長期間,蓄積された大量のデータの解析により,従来の短期成績では確認できなかった,新しい知見を得ることができた.このような,眼科手術のsustainabilityの検証は,眼科手術発展の基盤となり,そして,それは,個々の患者の,日々の臨床データの集積で,初めて可能となると考える.(日眼会誌121:249-291,2017)

キーワード
前眼部手術, 持続可能性, 長期観察, 翼状片, 再発翼状片, 角膜形状解析, エピゲノム解析, メチル化, 角膜屈折矯正手術, laser in situ keratomileusis(LASIK), 混合効果モデル, 角膜移植, 全層角膜移植術(PKP), 角膜内皮移植術(DSAEK), Boston keratoprosthesis, 表面散乱, 加速劣化, 結膜囊内常在菌叢, 周術期抗菌薬, 耐性菌
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