緑内障に対する手術治療は流出路再建術,濾過手術,毛様体破壊/凝固術に大別される.理想的な効果と安全性を兼ね備えた術式はないが,その中で眼圧下降効果は濾過手術が優るといえる.濾過手術の一種である線維柱帯切除術は最も標準的な緑内障手術の一つであり,優れた眼圧下降効果を有する一方で,術後に過剰な創傷治癒に伴って眼圧コントロール不良となる症例が一定数存在し,重篤な術中・術後合併症もまれではない.したがって,緑内障手術成績のさらなる改善は緑内障診療において重要な命題であり,本総説では,この命題に取り組むべく,我々が多面的に行ってきた臨床研究および基礎研究について紹介し,その成果と新しい試みについて論じた.
まず,臨床成績の解析から,白内障手術の既往および施行が線維柱帯切除術の手術成績に一定の影響を与えることが明らかとなった.また硝子体手術既往眼,緑内障手術既往眼は手術既往なしと比較して,ぶどう膜炎に伴う緑内障,血管新生緑内障,家族性アミロイドポリニューロパチーに伴う緑内障は一般的に原発開放隅角緑内障と比較して線維柱帯切除術の成績が不良であった.これらの危険因子は眼内環境に変化を及ぼし,その結果,線維柱帯切除術の創傷治癒に影響が及び,最終的に眼圧コントロールが不良となったと考えられる.
次に,背景因子が眼内環境に及ぼした変化に焦点を当て,房水サイトカインに着目して解析を行った.白内障手術既往眼では術後1年以上経過してもinterleukin(IL)-6,IL-8,monocyte chemoattractant protein(MCP)-1などの炎症性サイトカインの濃度が高値であった.これらのサイトカイン濃度は互いに正の相関があるとともに,ぶどう膜炎に伴う緑内障や血管新生緑内障でさらに高値であり,複合的に創傷治癒に影響を与えていることが示唆された.このうち房水内MCP-1は線維柱帯切除術術後成績に影響を与える因子と確認された.
さらに,眼内の環境変化が濾過胞に与える影響を詳細に観察するために,我々は三次元光干渉断層計を用いた定量的な濾過胞解析を行った.三次元的な解析によって線維柱帯切除術術後の強膜弁縁における開口部を同定し,術中所見からこれが濾過胞への房水流出路となっていることを確認した.前向き研究によって,この開口部の幅は時間経過とともに狭くなり将来的な眼圧コントロールに関係することが示唆されるとともに,房水内MCP-1濃度と相関していることが明らかとなった.
最後に,線維柱帯切除術術後の創傷治癒機転を細胞レベルで理解するために,マクロファージと結膜線維芽細胞を用いた細胞生物学的な実験を行った.創傷治癒機転において,マクロファージなどの関与によって線維芽細胞が筋線維芽細胞化することが重要であることが分かっている.この変化をROCK阻害薬やエピジェネティック薬が抑制することを見出した.また,2光子顕微鏡を用いた生体イメージングにより,手術によって結膜下の炎症細胞の動態は大きく影響を受けることが確認された.眼内環境の病的シフトをリスクの低い状態に近づけることを目的とした抗MCP-1治療やレセプターであるCCR2の阻害薬は,緑内障手術成績改善の試みの新たな糸口となる可能性を秘めていると考えられた.(日眼会誌121:314-335,2017)