論文抄録

第122巻第3号

評議員会指名講演I

第121回 日本眼科学会総会 評議員会指名講演I
眼科のトランスレーショナルリサーチ
遺伝学から光を当てて
辻川 元一
大阪大学大学院医学系研究科視覚再生医学寄附講座

疾患の発症には遺伝要因と環境要因の両方が関わる.遺伝要因は数少ない例外を除き,変化させることはできないため,疾患の予防,治療という臨床での介入は環境要因を操作することによる.本稿では環境要因が遺伝要因によって規定されているといういくつかの例を挙げる.膠様滴状角膜ジストロフィは日本人に多い重篤なジストロフィである.我々はこのメンデル遺伝病の原因遺伝子としてTACSTD2を同定した.このTACSTD2の機能が角膜上皮のバリア機能に重要なクローディン(CLDN)の安定性に関わることが示され,いくつかの臨床所見,治療に用いられるコンタクトレンズの装用などに対する裏付けが得られた.メンデル遺伝病でも環境因子の関与があり,病状を左右しうるが,その環境因子も結局のところ遺伝因子によって決定されているという例である.
網膜色素変性は頻度の高い網膜疾患であるが,その原因遺伝子の数は80以上にのぼる.多くの患者が疑問に思うのは自身の遺伝因子が家系,子供に伝播してしまうのかどうかという点と環境要因である光が自分の病態を悪化させるのかという点の二つである.網膜色素変性は遅発性疾患であり,家系内再発率には遺伝子型の推定だけでなく,発症年齢曲線による検討が必要である.また,光については動物モデルを用いた検討から,異所性の光受容反応がアデニル酸シクラーゼの活性化から視細胞死を引き起こすことを示した.ここでも環境要因である光による視細胞死は,やはり,遺伝子によって規定されるシグナルに支配されており,その解析が病態進行を抑制する治療法の開発につながると考えられる.(日眼会誌122:180-199,2018)

キーワード
遺伝学, 膠様滴状角膜ジストロフィ, 網膜色素変性, 加齢黄斑変性, ゼブラフィッシュ
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