論文抄録

第124巻第3号

特別講演II

第123回 日本眼科学会総会 特別講演II
眼感染症への取り組み~基礎から臨床まで~
井上 幸次
鳥取大学医学部視覚病態学

眼感染症と他の眼疾患の大きな違いは,他の眼疾患にはホストと環境の二つが関連しているが,眼感染症はホストと微生物と環境の三者が絡み合って疾患を形成してくることにある.それだけにより複雑であり,それを読み解き,解決を図っていくためには,さまざまな手法を駆使する必要がある.本論文では,我々が基礎から臨床までさまざまな方法で眼感染症に取り組んできたこと,取り組んでいることを紹介する.
1.角膜ヘルペス
Herpes simplex virus(HSV)による角膜炎はウイルスの増殖とウイルスに対する免疫反応との微妙なバランスで成り立っており,いまだ根本的な解決はなされておらず,臨床的な重要性は高い.そしてそれらの解決に向けて基礎研究の積み重ねが重要で,そこには最新の研究手法が応用できる.in vitroでは,角膜上皮細胞・角膜内皮細胞にHSVを感染させてmRNAをみるマイクロアレイで網羅的に発現遺伝子を解析し,その結果,重要性が判明した遺伝子の中で,interferon regulatory factor 7(IRF7)やindoleamine 2,3-dioxygenase 1(IDO1)のHSVに対する免疫反応への関与を解析してきた.in vivoではヘルペス制御に対するワクチンの試みやケモカイン受容体と角膜実質炎の関係,新しい抗ヘルペス薬アメナメビルの効果の可能性をマウスのHSV角膜炎モデルで検討してきた.臨床への研究手法の応用としてreal-time polymerase chain reaction(PCR)による診断を行ってきた.
2.サイトメガロウイルス角膜内皮炎
2006年の小泉らの報告以来多くの研究・報告がなされているが,その病態はいまだ不明である.我々も臨床例における前房内のサイトメガロウイルス(CMV)-DNA量が種々の臨床的パラメーターと相関していること,CMVが角膜内皮細胞や線維柱帯細胞に実際に感染し,サイトカイン産生を含め,さまざまな反応を惹き起こしてくること,CMV感染角膜内皮細胞によるCD8陽性細胞傷害性T細胞誘導がCMV角膜内皮炎患者では低下していることなどを見出してきた.
3.真菌性角膜炎多施設スタディ
日本眼感染症学会においてプロスペクティブな多施設観察研究として,起因真菌とその薬剤感受性・臨床所見や予後に関与する因子を検討した.多種多様な真菌が原因となっていることが,遺伝子解析で明らかとなり,in vitroの感受性検査では,ピマリシンとアゾール系の組み合わせで拮抗を示す株もあることが判明した.
4.角膜感染症への人工知能応用の試み
現在多くの眼疾患への人工知能(AI)の応用が試みられており,今後日本眼科学会主導でAI研究が行われていくが,我々もImageNetデータベースの一般画像を用いて事前学習させた畳み込みニューラルネットワークというアルゴリズムに感染性角膜炎の細隙灯顕微鏡写真を学習させ,比較的良好な診断確度を得つつある.また,それと並行して細隙灯顕微鏡写真以外のデータ(培養・real-time PCR)を用いた診断モデルの構築もランダムフォレストなど別のアルゴリズムを用いて行っている.将来的にはこれを統合させることでAIによる診断が可能になると思われる.
5.術後眼内炎予防
白内障術後眼内炎の予防についてはさまざまな試みが行われている.日本眼感染症学会主導の多施設スタディにおいて手術3日前からの抗菌点眼薬使用によって結膜囊常在菌を減らすことができることを証明したが,その後ヨード製剤の術中使用や抗菌薬の前房内投与が行われるようになってきたこと,耐性菌対策が重要となってきたことなどから,術前抗菌点眼薬使用を見直す必要が出てきていると思われる.我々は術中ヨード製剤の使用によって,結膜囊常在菌が減ること,また,術中ヨード製剤の使用が術前抗菌点眼薬使用に劣らない減菌効果を示すことをプロスペクティブスタディで証明した.
これまで,眼感染症に関するさまざまな問題に対して研究が行われ,我々もそれに継続的に参画してきたが,今後も眼感染症は眼科臨床において重要な問題を提起し続けると思われ,最新の医学を貪欲に取り入れつつ,基礎から臨床にわたる幅広いアプローチでこの古くて新しい脅威に立ち向かっていく必要がある.(日眼会誌124:155-184,2020)

キーワード
角膜ヘルペス, サイトメガロウイルス角膜内皮炎, 真菌性角膜炎, 人工知能, 術後眼内炎
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