論文抄録

第124巻第3号

評議員会指名講演III

第123回 日本眼科学会総会 評議員会指名講演III
難治性眼疾患への挑戦
網脈絡膜ジストロフィの遺伝学的病態解明および治療に向けた症例データバンクの構築
角田 和繁
独立行政法人国立病院機構東京医療センター臨床研究センター(感覚器センター)視覚研究部

黄斑ジストロフィ,網膜色素変性などの遺伝性疾患は,これまで根本的な治療法のない難治性眼疾患の代表と考えられてきた.しかし近年では,遺伝学的病態が明らかな疾患に対して遺伝子治療が開始されるなど,遺伝性網膜疾患の治療に向けた展望が開けている.治療にあたっては患者個人の病態を正確に把握することが重要であり,このため欧米人と遺伝的背景が異なる日本人において,大規模コホートを対象とした独自の遺伝学的病態研究をすることが不可欠の課題となっている.
東京医療センター臨床研究センター(感覚器センター)では,2014年に全国規模の遺伝性網脈絡膜疾患共同研究チームであるJapan Eye Genetics Consortium(JEGC)を設立し,網脈絡膜ジストロフィの遺伝学的病態解明およびデータバンクの構築に努めてきた.本総説ではこれまでに行った取り組みのなかから,全国的な共同研究体制と,そこから得られた遺伝性網脈絡膜疾患に関する最新の知見について報告する.
1.難治性眼疾患克服のための国内共同研究体制の構築
遺伝性網脈絡膜疾患・視神経疾患(34疾患56分類)について,全国33の眼科共同研究施設から患者とその非罹患家族の臨床データおよび末梢血を集積した.匿名化された臨床データには,病名,発症年齢,自覚症状,視力などの基本情報だけでなく,視野,眼底写真,光干渉断層計(OCT),眼底自発蛍光,網膜電図などの画像データも含まれる.原因遺伝子探索のため,全エクソーム解析による網羅的な遺伝学的解析を行った.臨床情報および遺伝学的情報は「JEGC症例データベース」に登録され,2019年4月時点で,1,488家系2,450症例が登録されている.データベースを利用すると,病名,発症年齢,原因遺伝子などのキーワードをもとに該当患者を検索,データ表示をすることができる.また画像を含む臨床情報については全症例を自由に閲覧することができる.
2.遺伝性網脈絡膜疾患に関する最新の知見
2019年4月時点で,JEGCコホートにおける729家系1,302症例の遺伝子解析が終了した.全エクソーム解析の対象は,RetNet™(https://sph.uth.edu/retnet/home.htm;accessed on August 1, 2015)に網膜疾患関連遺伝子として登録されているすべての遺伝子を含む,合計301遺伝子とした.729家系中366家系(50.2%)において原因遺伝子を特定することができた.合計49種類の網膜関連遺伝子に変異が見つかり,全家系のうち28%が既知遺伝子既知変異(309変異)を,22%が既知遺伝子新規変異(159変異)を有していた.残りの49.8%では今回候補とした網膜関連遺伝子のなかでは原因が特定できなかった.同定された遺伝子の頻度は,EYS(16%),RP1 L1(8%),USH2A(6%),ABCA4(5%),BEST1(4%)となっており,上位5遺伝子で全体の約40%を占めている.以下,CRXGUCY2DPRPH2RPGRCYP4V2RP1RS1SAGがそれぞれ3%となっており,上位13遺伝子が全体に占める割合は63%であった.
各疾患における眼科的病態の解析により,日本人における遺伝子型-表現型関連における特徴が明らかとなった.その中には,これまで欧米で報告されていた特徴と同様の傾向を示す疾患もあれば,三宅病やPOC1B関連網膜症のようにJEGCコホートにおいて初めて明らかになった疾患概念や,EYS関連網膜症のように特徴的な臨床的所見が新たに示された疾患などがみられた.これらの新しい情報は日本人の遺伝性網脈絡膜疾患患者における長期経過の予測や,日常のケアに役立てられるだけでなく,今後の遺伝学的治療の実施にあたって重要な指針となる.さらに,これらの情報を患者と共有してより円滑に遺伝学的治療の導入が可能となるように,全国的な患者レジストリを新たに構築する必要がある.(日眼会誌124:247-284,2020)

キーワード
遺伝性網脈絡膜疾患, 網膜ジストロフィ, 遺伝子型-表現型関連, 全エクソーム解析, 次世代シークエンサー, Japan Eye Genetics Consortium(JEGC), 網膜色素変性, 黄斑ジストロフィ, 患者レジストリ
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