論文抄録

第125巻第3号

評議員会指名講演III

第124回 日本眼科学会総会 評議員会指名講演III
眼疾患とバイオマーカー
房水バイオマーカーによる緑内障眼圧上昇機序の解明と新規治療法の開発
本庄 恵
東京大学医学部眼科学教室

緑内障病態における眼圧上昇機序の解明,術後線維化の制御は非常に重要であり,研究が進められているが,いまだ詳細は不明である.本論文では我々が行ってきた研究の結果から新たになった知見,新規治療の可能性について述べる.
I.主経路の房水流出抵抗増大の病態について
眼圧は房水の産生と排出のバランスで制御されている.緑内障眼での眼圧上昇は主経路の房水流出抵抗増大によるとされ,隅角線維柱帯(TM)の線維化,細胞外マトリックス(ECM)の異常沈着,Schlemm管内皮細胞におけるバリア機能亢進などによる流出抵抗の増大に対して,房水中の生理活性物質の関与が指摘されている.特に線維化に関わる代表的サイトカインの一つ,transforming growth factor(TGF)β2は原発開放隅角緑内障(POAG)での房水中高値が報告されているが,非常な眼圧高値や眼圧変動を示すことが多い続発緑内障(SOAG)や落屑緑内障(XFG)では低値であり,これらの病型で眼圧上昇に関わる因子は不明であった.
II.緑内障病態におけるATX-LPA経路
我々は,線維化に関与し,房水流出抵抗増加に寄与することが報告されている脂質メディエーターの一つ,リゾフォスファチジン酸(LPA)と産生酵素オートタキシン(ATX)に着目し,各緑内障病型を含む多数例の房水解析を行った.結果,緑内障眼でLPA,ATXが有意に上昇,特にSOAG,XFGで高値,眼圧と有意な相関を示すことを見出した.また,ヒト隅角組織および培養ヒト線維柱帯細胞の解析から,緑内障眼でTMにATXの発現上昇がみられ,副腎皮質ステロイド刺激による培養ヒト線維柱帯細胞でのATX発現上昇が線維化に関与し,ROCK阻害薬で抑制されることを明らかにした.
そこで,培養ヒト線維柱帯細胞,培養サルSchlemm管内皮細胞を用いたin vitroの検討を行い,ATX,LPA添加による房水流出路への影響を検討すると同時に,既報で主経路の抵抗増加への関与が報告されているTGFβ1,TGFβ2との作用の比較を行った.ATX,LPA添加によって培養ヒト線維柱帯細胞において細胞骨格変化,ECM発現亢進が確認され,また培養サルSchlemm管内皮細胞では細胞接着亢進,バリア機能亢進を認め,ATX-LPA経路が主経路の流出抵抗増加に関与していることを確認できた.LPAのほうがATXより作用発現が速やかであることが確認された.また,TGFβ1の主経路への即時的作用はTGFβ2より弱く,TGFβ2の作用はATX,LPAより遅れる傾向が確認された.前房内投与による家兎眼の眼圧への影響を検討したところ,LPA投与では点眼後0.5~1.5時間で,ATX投与では1~2時間後に有意な眼圧上昇を認めた.TGFβ2投与ではそれより遅く,24時間後に有意な眼圧上昇を認め,眼圧上昇への影響に時間差があることが明らかとなった.
III.続発緑内障におけるATX-LPA経路
次に,ATX-LPA経路の続発緑内障病態への関与を検討することとした.Posner-Schlossman症候群(PSS)は,サイトメガロウイルス(CMV)陽性症例で特に遷延性,発作性高眼圧により難治緑内障に移行しやすい.PSS眼房水解析の結果,緑内障併発症例で有意にATX高値であり,ATX濃度と眼圧上昇との相関を認めた.さらに培養ヒト線維柱帯細胞,培養サルSchlemm管内皮細胞を用いたCMV感染によるin vitro病態モデルにおける検証の結果,ATX,TGFβ1発現上昇,TGFβ2発現低下,培養ヒト線維柱帯細胞線維化,培養サルSchlemm管内皮細胞バリア機能亢進がみられた.
続発緑内障病態にATX-LPA経路が関与しており,そしてATX,TGFβのバランスが眼圧や病型で異なる可能性が示唆された.そこで,新規症例群にて房水解析を行った.結果,ATX,TGFβのバランスが緑内障病型診断,特にXFGの鑑別について高いreceiver opera ting characteristic curve(ROC曲線)のarea under the curve(AUC)を示し,緑内障病型のバイオマーカーとなりうると考えられた.今後さらに臨床的有用性を検討予定である.
IV.緑内障術後の線維化と脂質メディエーター
また我々は,房水中ATXが緑内障手術後の眼圧上昇・線維化に影響する可能性があると考え,濾過手術後の濾過胞維持とATXおよび病型との関係について検討,線維柱帯切開術眼内法・白内障同時手術においては術後副腎皮質ステロイド点眼併用による影響を検討した.濾過手術後ではATX高値であるXFGにおいて有意に術後濾過胞線維化がみられ,多変量解析の結果,ATX濃度がニードリングを要するかどうかと有意に相関する因子であった.培養テノン囊線維芽細胞でATX処置により線維化,ECM発現亢進が認められ,ATX阻害剤で抑制された.線維柱帯切開術眼内法・白内障同時手術では副腎皮質ステロイド併用群で有意に多い術後点眼数を認め,術後のATX変化量は術後3か月時点での眼圧と術前眼圧との差と有意に相関していた.培養ヒト線維柱帯細胞においては,デキサメサゾン刺激で誘導される線維化,細胞外マトリックス発現亢進がスクラッチ刺激の併用でさらに増強されたが,ROCK阻害薬で抑制された.
V.ATX-LPA経路に対する新規創薬の可能性について
ATX-LPA経路をターゲットにした治療は眼圧下降のみならず,術後成績改善に有用である可能性が示唆された.そこで我々は,新規治療薬の開発を目標に,東京大学創薬機構ライブラリから薬剤スクリーニング・最適化を行い,選択性の高い新規ATX阻害剤を作製,動物眼眼圧上昇モデルで有意な眼圧下降を確認した.
今後,房水内因子を介した眼圧上昇病態の解明と,それを制御する創薬からの新しい治療法の発展が期待されるが,我々の行った検討により,ATX-LPA経路をターゲットにした緑内障治療が有用である可能性が示唆された.(日眼会誌125:285-322,2021)

キーワード
眼圧, オートタキシン, リゾフォスファチジン酸, transforming growth factor β(TGFβ), 開放隅角緑内障
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