論文抄録

第126巻第3号

特別講演II

第125回 日本眼科学会総会 特別講演II
網膜硝子体疾患の病態解明~臨床の素朴な疑問を出発点として~
池田 恒彦1)2)
1)大阪回生病院眼科
2)大阪医科薬科大学眼科学教室

著者は網膜硝子体手術を専門とし,その手術対象となる網膜硝子体疾患の病態解明をライフワークにしてきた.硝子体手術の進歩により,種々の網膜硝子体疾患の治療成績が飛躍的に向上してきたが,日々手術を行っているとさまざまな疑問が湧いてくる.本稿ではこれらの臨床で感じる素朴な疑問を出発点として,著者らが過去に行ってきた研究のうち,下記の5項目について述べる.
I.中心窩における網膜新生
中心窩は常に光のストレスを受けているにもかかわらず,細胞が枯渇することなく終生その形態と機能を維持している.また中心窩に生じる黄斑円孔は他の網膜部位と異なり,胎生早期に生じた皮膚の傷と同様に瘢痕を残さず元の形態に回復する.中心窩に網膜幹細胞様の未分化な細胞が存在し,組織の恒常性や再生修復に関与しているという仮説のもと,サル眼網膜を用いて免疫組織学的に検討した.その結果,中心小窩の赤・緑錐体をはじめとするいくつかの未分化な細胞群が周囲の感覚網膜にニューロンおよびグリアを供給し,中心窩の形態維持および再生修復に寄与している可能性が認められた.
II.Bursa premacularis(BPM)と黄斑疾患
黄斑に接する硝子体にはBPMという袋状の特異な構造が存在するが,その生理的役割については不明な点が多い.硝子体手術中に採取したBPMを組織学的に検討した結果,肥満細胞が内部に存在しキマーゼやトリプターゼといった生理活性物質を産生して黄斑円孔や黄斑上膜の病態に関与している可能性を認めた.また,lymphatic vessel endothelial hyaluronan receptor(LYVE)-1やpodoplaninなどのリンパ管内皮細胞マーカーの発現を認めたことから,BPMはリンパ組織として水や老廃物の排出などの働きを担い,黄斑の機能維持に関与している可能性が考えられた.
III.周辺部網膜および視神経乳頭周囲における網膜新生
網膜幹細胞様の機能を有していると考えられる中心小窩の赤・緑錐体細胞は各種病態で外節を失うが,胎生期の中心窩錐体も外節を有していない.サル眼を用いた免疫組織学的研究により,視神経乳頭周囲および網膜・毛様体境界部にも外節のない未分化な錐体細胞が存在することが示され,赤・緑錐体を含む未分化な細胞群が周囲の感覚網膜にニューロンやアストロサイトを供給しているという仮説のもと,種々の黄斑疾患,周辺部網膜変性,緑内障などの発症機序を考察した.
IV.網膜格子状変性の成因
硝子体手術中に採取した網膜格子状変性を免疫組織学的に検討したところ,変性部位に網膜色素上皮細胞マーカーであるRPE65やpan-cytokeratin(CK)の発現を認めた.このことから,網膜格子状変性は眼球の成長期に網膜最周辺部の網膜幹細胞様細胞からのニューロンの供給が強膜の伸展速度に追いつかず,それを補うため脱分化し感覚網膜内に遊走・増殖した網膜色素上皮細胞が変性に陥って形成された可能性が考えられた.
V.周辺部網膜囊胞状変性の成因
若いイヌ眼の周辺部網膜囊胞状変性様の病変を組織学的に検討した結果,大小2種類の囊胞を認めた.大型囊胞ではアポトーシス陽性細胞が多く認められたのに対し,小型囊胞は囊胞壁にCdx2・CK18,内部細胞塊にOct4・Sox2という着床前の胚形成初期にみられる胚盤胞のマーカーを発現しており,形態的にも胚盤胞に酷似していた.囊胞周囲にRPE65陽性細胞を認めたことから,この胚盤胞様構造は網膜色素上皮細胞が遊走・分化して形成された可能性が示唆された.大型囊胞は,胚盤胞様の小型囊胞の分化過程が障害されて発生した可能性が考えられた.(日眼会誌126:254-297,2022)

キーワード
硝子体手術, 黄斑円孔, 黄斑上膜, 中心窩, 網膜新生, 神経新生, 網膜幹細胞, 視神経乳頭, ciliary marginal zone(CMZ), bursa premacularis(BPM), 肥満細胞, トリプターゼ, リンパ系組織, 網膜格子状変性, 裂孔原性網膜剝離, 網膜色素上皮, 周辺部網膜囊胞状変性, 胚盤胞
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