論文抄録

第126巻第3号

評議員会指名講演II

第125回 日本眼科学会総会 評議員会指名講演II
眼科検査・治療の低侵襲化
角膜生体組織検査・角膜移植手術の低侵襲化
小林 顕
金沢大学医薬保健研究域医学系眼科学

波長670 nmのダイオードレーザーを光源とする角膜専用生体レーザー共焦点顕微鏡が開発され,解像度の高い細胞レベルの生体角膜前額断画像が低侵襲で得られるようになった(in vivo biopsy).アカントアメーバ角膜炎はコンタクトレンズ装用者に多くみられる難治性の角膜炎である.本症はしばしばヘルペス角膜炎と誤診され診断に苦慮するが,発症初期での診断・治療開始は視力予後に関係するため,早期発見が何より重要である.生体共焦点顕微鏡を用いることにより,アカントアメーバのシストは直径10~20μmの円形高輝度物質として角膜上皮内に観察されるため,低侵襲かつ迅速な補助診断が可能となる.また,アカントアメーバ角膜炎に特徴的な放射状角膜神経炎を観察したところ,角膜神経周囲には炎症所見のみで,アカントアメーバ自体の浸潤所見を認めなかった.さらに,前眼部光干渉断層計を用いることにより,放射状角膜神経炎が角膜実質内の線状病変として描出できることを見出した.強い角膜混濁のために細隙灯顕微鏡では放射状角膜神経炎が観察困難な場合でも,本装置を用いれば描出可能なため,補助診断としてきわめて有用である.
サイトメガロウイルス角膜内皮炎は,サイトメガロウイルスが角膜内皮細胞や線維柱帯細胞に感染し,進行性の角膜内皮障害や難治性緑内障を来す疾患であり,2006年に本邦で同定された.共焦点顕微鏡を用いることで,本疾患に特徴的な病理所見である「フクロウの目」様細胞が生体において低侵襲的に観察される.我々は,フクロウの目様細胞の広範囲マッピングを行い,細隙灯顕微鏡で観察される円盤状病変(coin-shaped lesion)の分布と完全に一致することを見出した.
また,共焦点顕微鏡を用いることにより,各種角膜ジストロフィの生体組織をリアルタイムで観察することができ,Bowman層ジストロフィ(Reis-Bücklers角膜ジストロフィ,Thiel-Behnke角膜ジストロフィ)やその他の角膜ジストロフィの鑑別診断および治療経過の観察にきわめて有用であることを報告した.
さらに我々は共焦点顕微鏡を用いて,健常者のBowman層と角膜実質の境界面領域を精査したところ,角膜上皮下神経より若干輝度の低く,5~15μm程度の線維状不定形構造物があることを確認し,この構造物をKobayashi-structure(K-structure)と命名した.Bowman層ジストロフィや進行した円錐角膜ではK-structureは消失していた.角膜屈折矯正手術後において,Bowman層が温存されるレーザー角膜内切削形成術(LASIK)後ではK-structureが観察されるが,Bowman層がレーザーで切除されるepipolis LASIK(epi LASIK)後ではK-structureが消失しているなど,K-structureはBowman層の健常性の指標になると考えられた.さらに,広範囲マッピングにより,K-structureと角膜(フルオレセイン)モザイクが完全に一致することを見出し,K-structureが角膜(フルオレセイン)モザイク発生の解剖学的原因であることを見出した.
一方,低侵襲な角膜移植術の発展も著しい.従来,最重症の角膜内皮障害である水疱性角膜症の根治的治療法として全層角膜移植術が唯一の方法であったが,角膜内皮パーツ移植の進歩により,Descemet stripping automated endothelial keratoplasty(DSAEK)やDescemet membrane endothelial keratoplasty(DMEK)と呼ばれる術式が開発され,きわめて低侵襲な治療が可能となった.しかし,日本人眼は欧米人のそれと比較して,前房が浅く,硝子体圧が高い,虹彩色素が濃いなど,DSAEK/DMEK困難例が多い.我々は,角膜内皮グラフトを損傷しない新しい術式(ダブルグライド法)を開発した.また,Descemet膜を剝離せずに行う究極の低侵襲角膜内皮移植術を開発し,non-DASEK(nDSAEK)と命名した.さらに,DMEKの際のグラフトの視認性向上に硝子体手術用ライトの使用が有用であることを見出した.そして,DMEKグラフトの前房内での展開を素早く低侵襲に行うことができる器具を開発した.これらのさまざまなテクニックの開発や周辺器具の発展などにより,現在ではDSAEK/DMEKは合併症の少ない安全な術式へと進化した.(日眼会誌126:326-357,2022)

キーワード
生体レーザー共焦点顕微鏡, 前眼部光干渉断層計, アカントアメーバ角膜炎, サイトメガロウイルス角膜内皮炎, 角膜ジストロフィ, Bowman層, Kobayashi-structure(K-structure), 角膜(フルオレセイン)モザイク, 角膜内皮移植, Descemet stripping automated endothelial keratoplasty(DSAEK), Non-Descemet stripping automated endothelial keratoplasty(nDSAEK), Descemet membrane endothelial keratoplasty(DMEK)
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