論文抄録

第126巻第3号

評議員会指名講演III

第125回 日本眼科学会総会 評議員会指名講演III
眼科検査・治療の低侵襲化
糖尿病網膜症診療の低侵襲化への挑戦
長岡 泰司
日本大学医学部視覚科学系眼科学分野

糖尿病患者が良好な視覚を保って天寿を全うできることが我々眼科医の目標であり,使命である.近年の薬剤・手術器具・各種の画像診断機器の目覚ましい発展により,糖尿病網膜症診療も進化してきた.診断では,光干渉断層計(OCT)の登場により糖尿病黄斑浮腫の定量的評価が可能となり,さらに光干渉断層血管撮影(OCTA)により血管の描出も非侵襲的に施行可能となった.治療に関しては小切開硝子体手術と抗血管内皮増殖因子(VEGF)療法によりパラダイムシフトが起きた.しかしながら,このような進化をもってしても糖尿病網膜症患者の失明をゼロにすることは難しく,早期診断・早期治療の必要性を痛感する.
著者は長年,眼循環研究に携わり,高血糖に長期間曝露され続けた網膜血管の障害が糖尿病網膜症の本態であることに着目し,網膜循環が糖尿病網膜症の発症に先行して障害されることを見出した.これを発展させ,網膜循環を定量的に評価することで早期診断を可能とし,低侵襲な網膜症診療を実現させたいと考え,新たな研究に挑戦している.
I.糖尿病網膜症診断の低侵襲化
網膜血流測定は網膜循環を定量化(数値化)できるため,糖尿病網膜症の所見を呈する以前からの異常を可視化でき,網膜症の低侵襲早期診断法として有用である.しかし,定常状態の網膜血流は個体差が大きいことも事実であり,糖尿病網膜症に伴う網膜血流障害の新しい評価法の確立が必要である.網膜血流は神経・グリアにより緻密に制御されており,その機構は網膜神経―血管連関(NVC)と呼ばれている.糖尿病網膜症においても早期からNVCの異常が起こると考えられてきたが,低侵襲的な負荷による網膜血流の変化率を数値化してNVCを定量化できれば,個体差による影響を最小化することが可能と考えられた.NVCを評価できるフリッカ刺激(血流増加)および高酸素負荷(血流低下)の2つの生理的負荷試験を行い,網膜血流測定による糖尿病網膜症における微細なNVC障害の検出を試みた.まず2型糖尿病モデルマウスの網膜血流をレーザースペックルフローグラフィ(LSFG)で経時的に評価した.観察期間中において,糖尿病マウスの網膜血流は定常状態では変化しない一方,生理的負荷試験の反応性は早期から減弱し,網膜症早期に起こる微細なNVC障害を低侵襲的かつ定量的に捉えることができた.さらに電気生理学および組織学的検討も行い,2型糖尿病ではNVC異常が網膜神経機能障害に先行して病態が進行すると考えられた.NVCを標的とする生理的負荷試験を用いた網膜血流測定により,糖尿病網膜症の低侵襲早期診断および早期介入が可能となると考えている.
II.糖尿病網膜症治療の低侵襲化
網膜症の低侵襲治療開発には,標的分子,薬剤型,ドラッグデリバリーシステムなどを熟考しなければならない.著者は各分野の専門家との共同研究を進め,①血糖降下剤内服,②サプリメント内服,③ナノ粒子点眼,④ワクチン治療による糖尿病網膜症への改善効果について検討した.大規模臨床研究で網膜症への抑制効果が証明されたフェノフィブラートをナノ粒子化することにより眼内移行性を高め,点眼で後眼部への深達を可能とした.このフェノフィブラートナノ点眼は2型糖尿病動物モデルのNVC悪化を抑制し,新規糖尿病網膜症治療法としての有用性を確認した.また糖尿病治療薬であるsodium-glucose cotransporter 2(SGLT2)阻害薬やサプリメント投与,さらには抗ペプチドワクチン治療でも糖尿病動物モデルでのNVC改善効果が確認されており,これらの知見から新しい低侵襲糖尿病網膜症治療戦略を提唱したい.(日眼会誌126:358-387,2022)

キーワード
糖尿病網膜症, 網膜神経―血管連関, 網膜血流調節, 網膜神経保護, 網膜グリア機能, ナノ粒子点眼, ペプチドワクチン, sodium-glucose cotransporter 2(SGLT2)阻害薬, サプリメント, 網膜血流負荷試験
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