論文抄録

第127巻第3号

特別講演I

第126回 日本眼科学会総会 特別講演I
Digital Ophthalmology~黎明期から興隆期へ
大鹿 哲郎
筑波大学医学医療系眼科

眼科学がdigitizationを最も巧みに取り入れ,発展させていく医学分野であることを示したい.
I.不正乱視デジタル解析
著者が研修医時代,角膜の不正乱視はPlácidoディスクを用いて定性的に評価されていた.眼の屈折のうち,球面成分と円柱成分は数値化できるが,不正乱視は数値化できないことを,研修医ながら疑問に思った.
我々は,角膜形状解析データをFourier解析することにより,角膜の球面成分,正乱視成分,不正乱視成分(非対称,高次不正乱視)といった臨床的に分かりやすい指標を数値化する方法を開発し,臨床応用に結びつけた.角膜形状解析装置にFourier解析結果のカラーコードマップを搭載することにより,角膜疾患の病態や,手術後の経過をこれまでにない観点から理解することが可能となった.
さらに,眼球全体の光学的不整性を波面収差解析の手法(Zernike多項式)で定量化する波面センサーを共同開発し,眼球全体の高次収差が持つ意義および視機能に与える影響に関する研究を進めた.これにより,各種眼疾患におけるquality of vision(QOV)の定量的解析が進んだ.
II.前眼部3次元光バイオプシー
細隙灯顕微鏡や超音波診断装置などの手法では前眼部の観察に限界があり,また従来の光干渉断層計(OCT)でも限られた範囲の2次元的観察ができるのみであった.我々は筑波大学数理物質科学研究科と共同で,世界初の前眼部3次元OCT(AS-OCT)を開発した.非侵襲で眼内部の構造を立体的に可視化できる本装置は,文部科学大臣表彰科学技術賞を受賞し,また先進医療での評価を経て,市販から9年で保険収載された.
さらに次世代のOCTとして,Jones-matrix方式に基づいた偏光感受型OCTの開発を進め,組織の形状だけではなく,コラーゲン線維の変化などの組織内部特性を反映した質的情報をin vivoで得る方法を確立した.疾患評価や組織観察において,従来の方法では得られない新しい情報を取得できるようになった.
III.眼科における人工知能(AI)
AIの医療への応用が進んでいる.画像を含む大量のデジタル情報を日々扱う眼科学は,ビッグデータ・AIとの親和性が非常に高い.日本眼科学会は,日本眼科AI学会および一般社団法人Japan Ocular Imaging Registry(JOI Registry)の2団体を立ち上げ,国立情報学研究所(NII)および日本眼科医療機器協会と密に連携し,ビッグデータ・AIに関する研究と実用化を進めている.この枠組みによるインフラ整備,ビッグデータ収集,AI解析アルゴリズム開発が進んでいる.また,白内障手術にAIを応用し,安全性の向上(医療過誤の防止),手術教育の効率改善,手術手技の科学的分析を行うプロジェクトも行っている.
IV.画像のデジタル鮮明化
近年,監視カメラなどの画像をデジタル的手法で鮮明化する方法が開発されている.AIで画像を補完したり作図したりするのではなく,純粋に算術的手法によって元々あるべき画像へと鮮明化(コントラスト適正化および解像度復元化)する方法である.我々は本法を眼科画像に応用することにより,静止画および動画の質を向上させる試みを行っている.涙道内視鏡,硝子体内視鏡手術,heads-up surgeryにおいて,画像入力装置とモニターの間に画像鮮明化装置を設置することにより,リアルタイムで動画の鮮明化を行うことができる.遅延はわずか0.004秒であり,手術操作に支障が生じることはない.眼底写真,蛍光眼底造影写真,前眼部写真などの静止画に対しても,鮮明化処理は効果を発揮する.
Digital Ophthalmologyは我々が全力で取り組むべき課題であり,また否応なしに訪れる眼科の未来でもある.(日眼会誌127:257-296,2023)

キーワード
デジタル化, 不正乱視, 光干渉断層計(OCT), 人工知能(AI), ビッグデータ, ディープラーニング, 画像鮮明化
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