論文抄録

第127巻第3号

特別講演II

第126回 日本眼科学会総会 特別講演II
ゲノム医療をめざして~眼遺伝学の研究と臨床~
堀田 喜裕
浜松医科大学眼科学教室

この30年間に遺伝学は大きく進歩した.著者は,遺伝子をSouthernブロットでみる時代から,次世代シークエンサーでみる現在に至るまで,一貫して難治性眼疾患や先天異常の遺伝子を研究してきた.以下の項目に沿って,著者と共同研究者が明らかにしてきたことを中心に述べる.
I.分子遺伝学の黎明期
脳回状脈絡網膜萎縮患者のオルニチンアミノトランスフェラーゼ(OAT)遺伝子異常を発見できたこと,OAT遺伝子の発現が共優性であることを示したことは画期的な成果であった.1990年代には,ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)が普及したので,Leber遺伝性視神経症(LHON)の遺伝子診断が有用であること,我が国のLHONではミトコンドリア遺伝子の11778番塩基の変異が多いことを報告し,我が国最初のロドプシン遺伝子変異による網膜色素変性(RP)患者を発見した.順天堂大学と名古屋大学の2つの大学病院で,それぞれ,角膜ジストロフィ,網膜ジストロフィの多数症例について,遺伝型と臨床像に関して多くの知見を得た.
II.RPとLeber先天黒内障(LCA)の分子遺伝学的研究
浜松医科大学に移ってから,遺伝子解析の研究体制を構築し,国内外の研究機関と協力して研究を進めた.Eyes shut homolog(EYS)遺伝子の全エクソンをSanger法で決定し,我が国のRPではEYS遺伝子変異が突出して多いことを発見した.現在では,次世代シークエンサーを用いて,患者の遺伝子全体を網羅的に解析できるようになった.これにより成人のRPと小児のLCAの原因遺伝子のスペクトラムは大きく異なることが明らかになった.
III.複雑な遺伝子の異常と遺伝子の複雑な異常
多くの遺伝性眼疾患がたった1つの変異によってもたらされることには驚かされる.現時点では,whole-exome sequencing(WES)やwhole-genome sequencing(WGS)を用いてバリアントを検討し,Sanger法で確認するのが一般的である.しかし,OPN1LWOPN1MW遺伝子クラスターの異常による青錐体一色型色覚,IKBKG/NEMO遺伝子の異常による色素失調症,FOXC1領域を含む不均衡転座による小児緑内障など,複雑な遺伝子の場合には遺伝子解析に難渋する.また,RPGR遺伝子のORF15の異常やRP1遺伝子のAlu挿入は,特別の工夫がなければ検出が困難であるし,WGSでなければ同定できない構造異常や,イソダイソミーなど,遺伝子の複雑な異常もまれに存在する.
IV.2対1と1対2
杆体機能を障害するGNAT1遺伝子変異と錐体機能を障害するABCA4遺伝子変異,2つの遺伝子変異が網膜機能に影響していると考えられる姉弟例と,COQ2遺伝子の1つの変異が2つの疾患(RPおよびLHON)に関係していると考えられる成人例を紹介する.今後は,イントロン領域のより正確な役割や遺伝子発現の調節の仕組みが明らかにされ,1つの細胞の遺伝子解析や,多数の遺伝子の相互作用などの研究が進むと考えられる.それぞれのバリアントの疾患への関わりについて,より正確な理解が進めば,同じバリアントのある患者の臨床像の違いを解明できる可能性がある.
V.未来につなぐ
遺伝性眼疾患は重篤で治療困難なことが多く,臨床医として無力感に苛まれてきた.遺伝子治療時代の到来に際して,①適切な遺伝カウンセリングの提供の必要性,②原因遺伝子別の治療・ケアなど遺伝子診断の利点,③近親者への影響やincidental finding/secondary findingなど,遺伝子診断の問題点を指摘しておきたい.遺伝子診断によって患者の多様性が理解されていき,環境や薬物に対する反応を判定できるようなパラメータが開発されれば,遺伝性眼疾患に対する治療効果が短期間に判定可能となり,エビデンスのある対処方法が確立できると考える.次の世代によって難治性の遺伝性疾患が克服されることを願う.(日眼会誌127:297-328,2023)

キーワード
遺伝性眼疾患, 難治性眼疾患, 先天異常, 脳回状脈絡網膜萎縮, Leber遺伝性視神経症(LHON), 角膜ジストロフィ, 網膜ジストロフィ, 網膜色素変性(RP), Leber先天黒内障(LCA), 青錐体一色型色覚, 色素失調症, 小児緑内障, 片親性ダイソミー, 遺伝カウンセリング, 遺伝子治療
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