論文抄録

第130巻第7号

総説

水晶体の加齢変化と薬物治療 老視と白内障
久保 江理
金沢医科大学眼科学講座

水晶体の加齢変化は,弾性低下と着色,光の透過度の減少(後方散乱)を中心に緩徐に進行する.若年期には整然とした線維構造と豊富な可溶性クリスタリンにより透明性と柔軟性が維持されるが,加齢により線維細胞の密度増加,水分含量の減少に加え,脱アミド化や酸化・糖化修飾に伴う可溶性クリスタリン間の可逆的結合による高分子複合体の形成や,加齢に伴う翻訳後修飾や酸化修飾を背景として不可逆的な凝集体へと移行する過程が進行し,弾性が低下する.核領域ではglutathioneや抗酸化酵素群の減少により酸化還元バランスが崩れ,酸化ストレス下で糖化反応やアスコルビン酸酸化が進行し,クリスタリンや膜蛋白質の架橋・凝集が誘導される.さらにα-クリスタリンのシャペロン機能低下やユビキチン・プロテアソーム系(UPS)の活性低下により,変性蛋白質が蓄積し,不溶化クリスタリンや光散乱性高分子凝集体が形成される.これらの変化により水晶体の透明性と可塑性が低下し,40代後半には調節力低下として老視を自覚するようになり,加齢とともに不可逆的な黄変と混濁を伴う白内障として顕在化する.近年,酸化還元環境や蛋白質恒常性(proteostasis)の薬理的制御,UPS再活性化,抗酸化酵素誘導などによる水晶体恒常性維持の回復を目指す研究が進展しており,水晶体老化を分子レベルで制御しうる新しい治療時代の到来を示唆する.これらは老視と白内障を包括的に抑制する次世代の治療戦略として期待される.(日眼会誌130:569-584,2026)

キーワード
水晶体の加齢変化, 酸化ストレス, 蛋白質恒常性, 酸化還元バランス, 老視, 白内障
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