網膜剝離による微細構造と網膜機能の障害,ならびにその回復について,網膜電図(ERG),光干渉断層計(OCT),補償光学(AO)眼底撮影,laser speckle flowgraphy(LSFG)を用いて検討した.
網膜剝離の代表例として全周切開黄斑移動術の全視野ERGの変化では,急性網膜剝離を人工的に作製したときの錐体細胞機能損失は12%であった.黄斑剝離を伴う裂孔原性網膜剝離の術後6か月では,黄斑部局所ERG 15度のa波振幅は対側眼の66%,b波振幅は74%であった.刺激光に相当する部位のOCTとの関連を調べるとcone interdigitation zone(CIZ)および網膜外層面積の増大度はb波振幅の改善度と有意に相関した.このことから網膜機能の回復には健常な視細胞内節の存在はもちろんのこと,外節の修復の程度が機能回復の程度に関係していることが示された.さらに,中心性漿液性脈絡網膜症を対象として黄斑部局所ERGを行い,裂孔原性網膜剝離の機能回復パターンとは異なっていることを確認した.
OCTでは,黄斑剝離を伴う裂孔原性網膜剝離術後の中心窩の視細胞の再生を1年にわたって観察した.経時的な視力の回復の程度と視細胞の外節〔視細胞内節エリプソイド-網膜色素上皮(RPE)厚〕の伸長との間には有意な相関がみられた.さらに重回帰分析により,foveal bulgeの存在のみが最終視力に関与する有意な因子であった.
次にAOによる眼底観察について述べた.まず神経線維層,錐体視細胞,血管壁など正常者にみることのできる構造を提示した.疾患への応用としてオカルト黄斑ジスロトフィ,autosomal recessive bestrophinopathy,急性帯状潜在性網膜外層症,黄斑低形成,糖尿病網膜症の新生血管の症例を提示した.
黄斑部局所ERGと錐体細胞密度との関係を初めて調べた.我々は,正常眼の黄斑部網膜の中心窩から2度の錐体細胞をAO眼底カメラを用いて撮影し,錐体細胞密度を測定した.また,15度の刺激スポットを用いて黄斑部局所ERGを測定し,a波,b波,律動様小波(OPs)の振幅,潜時と錐体細胞密度との関係について検討した.その結果,中心窩から2度の錐体細胞密度は,a波,b波,OPsの振幅と有意に正に相関し,各波潜時とは相関がなかった.
AO眼底カメラを用いて,裂孔原性網膜剝離に対する強膜バックル手術後の錐体細胞密度変化と網膜外層の回復を調べた.剝離眼では術前は錐体細胞撮影,密度計測はできなかった.術後は撮影可能であり,錐体細胞密度は平均6か月から12か月まで有意に回復していた.しかし,12か月時の錐体細胞密度は13,005±1,656 cells/mm2と,僚眼の錐体細胞密度21,157±517 cells/mm2と比べると有意に少なかった.中心窩から2度のOCTはほぼ僚眼のレベルまで回復しており,錐体細胞密度の増加量は,CIZ-RPEの距離の増加と有意に相関していた.
次にLSFGにより,網膜剝離に対し硝子体手術を行った症例では術前に視神経乳頭上の網膜血流が減少しており,術後に回復することが分かった.局所バックル手術では,脈絡膜は一過性に肥厚するが,有意な黄斑部脈絡膜血流の変化はみられなかった.AOにより観察される網膜血管とLSFGにより計測される血流との関連を調べた.
硝子体手術による核白内障による近視化は,網膜剝離症例では対照に比べて早く,また,術後晩期の眼圧上昇の危険因子は網膜剝離であった.
さらなる視機能改善を目指して,顕微鏡に搭載された術中OCTにより網膜復位の状態を観察し,中心窩下にはピラミッド型に網膜下液が残存することを見出した.
我々独自の23 Gまたは25 G術中ファイバーOCTの開発の経緯について述べ,プローブの構造,動物実験の結果,臨床例の提示を行った.
さらなる病態解明と治療開発を目指して分子生物学的アプローチにて得られた知見を述べた.マウスの網膜剝離を用いたin vivo実験において網膜剝離後に網膜下に侵入したマクロファージ内でnucleotide-binding oligomerization domain, Leucine rich repeat and Pyrin domain containing(NLRP3)を介したインターロイキン1β(IL-1β)の活性化がみられること,さらにはIL-1βを抑制することで視細胞の細胞死を抑制できることを示した.さらにこの報告の中で,裂孔原性網膜剝離眼の網膜下液には高い濃度でIL-1βが存在することを確認した.
増殖硝子体網膜症(PVR)予防の観点から,網膜剝離眼での硝子体と網膜下液で特異的に発現しているmicroRNAを同定し,それらがRPEに及ぼす影響について評価した.すなわち,網膜剝離眼の硝子体,網膜下液と,対照群として黄斑円孔・硝子体黄斑牽引症候群の患者から採取した硝子体を用いてmicroRNAのpolymerase chain reactionアレイを施行したところ,hsa-miR-148a-3pが対照眼からは検出されず,網膜剝離眼の硝子体・網膜下液でのみ検出され,特に網膜下液で多く検出された.
次にhsa-miR-148a-3pがPVRの病態にどのように関与しているかについてRPEを用いた実験を行った.その結果,hsa-miR-148a-3pを過剰発現させたRPEでは,上皮間葉転換(EMT)のマーカーであるα-smooth muscle actin(αSMA)の発現や細胞の遊走能が有意に亢進することが確認された.このことから,網膜剝離眼の硝子体で特異的に発現するhsa-miR-148a-3pが,RPEのEMTに関与していることが示唆された.
さらに,増殖膜中のカベオリン1はRPEのEMTに抑制的な役割を有し,PVR発症に抑制的に作用していると考えられ,カベオリン1が増殖膜の成長を抑制するターゲットとして注目すべき分子であることがいえた.(日眼会誌121:185-231,2017)