論文抄録

第123巻第3号

特別講演II

第122回 日本眼科学会総会 特別講演II
視覚生理と眼科臨床
堀口 正之
藤田医科大学眼科学教室

眼科臨床を理解するうえで視覚生理は非常に重要である.網膜がどのように光を捉えどのように視覚に変換するか,また視覚中枢がその情報をどのように分析するか,著者らは長年にわたって研究を行ってきた.また臨床では,これらの知識に基づき手術や診断に関して生理学的なアプローチも行ってきた.現在までの研究成果について紹介する.
I.基礎電気生理
1.網膜細胞内電位記録
網膜の細胞内に微小電極を挿入し,1つの細胞から電位を記録する方法は網膜生理学を大きく進歩させた.著者らはアフリカツメガエルの網膜を使用して水平細胞電位を記録し,暗所で杆体が水平細胞を介して錐体を抑制することを証明した.この研究で網膜電気生理にsilent substitutionという方法を導入し,その後の電気生理の研究に大きく貢献した.
2.網膜神経細胞に対するパッチクランプ
網膜の細胞の中ではなく細胞膜に微小電極を吸着し,膜にあるチャネルを記録する方法である.著者らは網膜剝離などの硝子体手術中に得られる網膜の破片を用いてパッチクランプを行いヒトの杆体細胞や双極細胞にNa+チャネルがあり,強い光刺激がoffとなるときに杆体がスパイクを発生することを発見した.
II.臨床電気生理
これまでに多くの網膜電図の研究を行ってきた.最近開発されたinverted internal limiting membrane(ILM)flap techniqueの網膜への影響,硝子体手術の網膜電図への影響などについて検討した.
III.臨床心理物理
1.黄斑円孔の視力測定
黄斑円孔では中心窩の網膜が裂けて円孔となるため固視点が安定しない.著者らはLandolt環を多数提示して視力測定を行う方法を考案したところ,円孔周辺における視力が測定できた.
2.黄斑円孔の視細胞移動
Watzke-Allen testは円孔による視細胞の移動により起きる歪みをスリット光で観察する検査である.スリット光を段階的に拡大して閾値を求め視細胞の移動範囲を測定したところ,80%以上の円孔では移動は縦と横で異なり,光干渉断層計(OCT)の結果とあわせて多くの黄斑円孔が正円ではないことを示した.
3.黄斑上膜の変視症
黄斑上膜の変視症,大視症に関してはAmslerチャートやM-CHARTS,New Aniseikonia testを用いた研究があるが,著者らは,多数の患者を観察したところ,一眼にしか黄斑上膜がないにもかかわらず両眼に変視症がある症例を複数発見した.変視症には中枢が関与している可能性が高いことが分かった.
IV.眼科臨床(手術と診断)
1.組織染色による内眼手術
内眼手術では透明な組織を視認する必要があり,顕微鏡や照明を改善するのみでは困難な場合がある.著者は成熟白内障の前囊切開にてインドシアニングリーンを用いて前囊を染色し,視認性を向上させる方法を考案した.組織を染色する方法が眼科領域で報告されたのは初めてであり,その後多くの内眼手術に応用された.
2.Optical fiber-free intravitreal surgery system(OFFISS)とwide-angle view system
顕微鏡の照明で硝子体手術を行う方法を考案し,そのシステムを用いたwide-angle view systemを開発した.現在用いられているwide-angle view systemの多くはこれをもとにしている.
3.広角超音波検査
通常の眼科用B-modeではmagnetic resonance imaging(MRI)のように眼球全体の画像が得られない.眼球全体の画像が得られる装置を開発した.眼科患者の眼球断面解析にMRIを用いることは難しく,広角超音波検査を用いることにより眼球の形状と眼科疾患の関係を研究できる.(日眼会誌123:226-259,2019)

キーワード
視覚生理, 黄斑円孔, 黄斑上膜, 顕微鏡手術, 超音波検査
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