論文抄録

第123巻第3号

評議員会指名講演I

第122回 日本眼科学会総会 評議員会指名講演I
生体イメージングと眼病理
画像解析への時間軸の導入を目指して:画像工学による網脈絡膜疾患の数量的解析
園田 祥三
鹿児島大学病院眼科学

現代病理学の父Virchowが唱えたように,病理学は医学の基礎である.病理学は初期の形態学から出発して,生理学,遺伝学,分子生物学の技法を取り入れつつ発展し,現在はそれらを包括した総合医学となっている.ただし,病理学的研究は,豊富な情報をもたらしてくれる反面,生体眼においては組織を得ることが困難であり,また連続的な変化の観察には限界がある.近年,眼科検査機器の進歩はめざましく,なかでも網膜光干渉断層計(OCT)は網脈絡膜疾患の観察に欠かせないものとなっており,高解像度な画像を短時間で取得可能である.そのほかにもscanning laser ophthalmoscope(SLO)を用いた広角眼底写真,前眼部OCTなど眼球に関するさまざまの情報を画像として記録できる.病理学を臨床医学に応用する試みが重要であるが,眼科分野でのイメージングの発達が両者をつなぐ技術として欠かせない.
OCTを用いたイメージング研究における,大きなブレイクスルーの一つは生体脈絡膜が観察可能になったことである.脈絡膜厚の解析に始まり,2階調化による構造解析,近年はen-face画像を用いた解析が行われている.その結果,加齢黄斑変性(AMD)における,pachychorid spectrum diseasesという新しい概念が提唱され,拡張した脈絡膜血管や脈絡膜流出路血管の眼底における不均等がAMDの病態形成へ何らかのかたちで関与していることが示唆されている.脈絡膜は血管に富む構造であり,その詳細な解析を行うことは難しいと考えられているが,我々は,en-face像を用いた脈絡膜血管構造解析ソフトを独自に開発した.このソフトウェアによって脈絡膜血管面積,血管径のばらつきや血管走行の配向性などが数値化可能になり,正常眼ならびにpachychorid spectrum diseasesに含まれる中心性漿液性脈絡網膜症やポリープ状脈絡膜血管症に関する解析を行った結果,Haller層の血管拡張,血管走行の対称性の崩壊が定量できた.
脈絡膜は日内変動をはじめ,抗血管内皮増殖因子(VEGF)療法や光線力学療法など治療による厚みの変動が大きいことでも知られる.経時的あるいは横断的な脈絡膜解析を難しくする要因として,脈絡膜のどの深さを解析するかについて,再現性をもって決定する手法がないことが問題である.そこで我々は,脈絡膜en-face画像の特徴量を機械学習の手法によって学習させ,サポートベクター回帰モデルを作成し,脈絡膜Sattler層,Haller層の開始点を自動的に判別可能なモデルを作成し,解析に用いた.
医学の基本理念として,患者に苦痛を与えないというものがあるが,それが「非侵襲」という言葉で近年大きく注目されつつある.SLOの一つであるOptosは,眼底広範囲を一度に撮影可能で,検査の苦痛を低減させる非侵襲検査の一つである.我々は635 nmの波長で得られた画像を処理することで,脈絡膜大血管を非侵襲的に観察する手法を考案した.脈絡膜血管の観察にはインドシアニングリーン蛍光眼底造影検査が必要とされるが,本手法を用いれば非侵襲的に繰り返し脈絡膜血管を観察できる利点がある.また,これまであまり注目されてこなかった,pachychorid spectrum diseases患者での渦静脈の観察を行い,正常眼と比較して拡大していることを見出した.
現在,世界中において診療情報のデータベース構築が進められており,昨今の人工知能の発達などとも相まって,これからの医療を変える技術として注目が集まっている.眼科領域については,画像情報はその核となるものであり,優れた画像データベースを構築することは,我が国の医療を大幅に進歩させることにつながる.本研究は,そのための基礎概念と技術の構築に貢献するものである.(日眼会誌123:260-283,2019)

キーワード
イメージング, 脈絡膜, en-face像, 機械学習, サポートベクターマシン, 脈絡膜分水嶺, pachychoroid spectrum diseases, pachyvessels, 渦静脈, ビッグデータ
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