論文抄録

第125巻第3号

特別講演I

第124回 日本眼科学会総会 特別講演I
緑内障の治療戦略:臨床と薬理学
吉冨 健志
福岡国際医療福祉大学医療学部視能訓練学科

厚生労働省班研究によると,平成27年度~28年度調査での日本における視覚障害の原因として,緑内障は1位(28.6%)となっており,高齢化が進行するに従って緑内障による視覚障害は増加していくことが予想される.緑内障の治療は,生涯にわたり視機能を保持することが目標で,高齢化社会の中での緑内障の治療戦略が必要である.
I.眼科学と薬理学:散瞳薬の薬理作用
外胚葉由来である瞳孔括約筋,散大筋は電位依存性カルシウムチャネルがほとんど作用しておらず,力学的にも特殊であり,他臓器平滑筋とはまったく異なる性質を有している.眼科臨床で最もよく使用される散瞳薬の薬理作用について,眼科学と薬理学の間に考え方の違いが存在する.
II.眼圧下降以外の緑内障治療の探索
眼圧下降以外の緑内障治療については,まずメカニズムを解明して治療に結びつける研究がある.篩状板の変形が軸索の障害に関係しているところから,光干渉断層撮影(OCT)を用いて,どのような変形が緑内障発症や視野障害進行に関与しているかを検索した.また,加圧下における神経節細胞の軸索腫脹による障害をex vivo緑内障モデル動物実験で確認し,これを制御することによる神経保護治療の探索研究なども行ってきた.薬理学的研究では,毛様動脈血管平滑筋に対するさまざまな既存の緑内障治療薬の効果を検討する研究を行い,眼圧下降薬として用いられているさまざまな薬剤が,その薬理作用とはまったく異なる機序で血管平滑筋に作用することを見出してきた.これは,さまざまな緑内障薬剤が眼循環にも関与している可能性を示している.薬理学では思いもよらぬ薬剤が思いもよらぬ臓器に作用して新しいメカニズム解明につながり,それが新しい薬として開発されていくことがある.
III.疫学研究とビッグデータ
緑内障の眼圧下降以外の治療法の開発のためには,緑内障の進行に関与する因子の大規模な解析が必要である.そのためには,経年的な大規模疫学研究や,日常臨床から多くのデータを集めるビッグデータ構築が必要である.
IV.結論
日常臨床で患者から学ぶことはたくさんあり,それが医療の進歩につながっていくことは間違いのないところである.しかし,一方で基礎的研究や統計学的データ解析は地味であり,結果がはっきりしないことがあるものの,このような地味な研究を継続することも医療の進歩にとって必要である.(日眼会誌125:187-209,2021)

キーワード
緑内障, 瞳孔, 治療戦略, 薬理学, ビッグデータ
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