論文抄録

第125巻第3号

評議員会指名講演I

第124回 日本眼科学会総会 評議員会指名講演I
眼疾患とバイオマーカー
炎症性眼疾患における新規バイオマーカーの創出―古典的検査からオミックス解析まで―
臼井 嘉彦
東京医科大学臨床医学系眼科学分野

代表的な炎症性眼疾患には,結膜炎やぶどう膜炎などがあるが,近年ではドライアイ,緑内障,加齢黄斑変性,糖尿病網膜症,網膜色素変性,未熟児網膜症,バセドウ病眼症,眼窩腫瘍など,多くの眼疾患においても炎症の関与が推測されている.ぶどう膜炎やimmunoglobulin(Ig)G4関連眼疾患を代表とする炎症性眼疾患ならびに類縁疾患は診断に難渋することも少なくはなく,診断に有用なバイオマーカーの確立が望まれる.一方,オミックス解析とは,蛋白質やゲノム,トランスクリプトーム,マイクロRNAなどの核酸,メタボロームを代表とする代謝物などのさまざまな生体分子についての情報を網羅的に解析する手法であるが,研究機器の進歩に伴い微量の臨床検体から,研究者のバイアスがかからないバイオマーカーの創出が可能となりつつある.
本総説ではバイオインフォマティックスや人工知能を駆使しながら,これまでに実用化され保険診療で行われている一般的な検査の値から最新のオミックス解析で取得した大量のデータに至るまで,炎症性眼疾患におけるバイオマーカーの創出に向けた我々の研究成果を報告する.
I.機械学習を用いた前房水中の免疫液性因子解析による炎症性眼疾患の識別検討
炎症性眼疾患の代表として狭義にはぶどう膜炎があげられるが,近年では,細隙灯顕微鏡や眼底所見として検眼鏡的にいわゆる“炎症”あるいは“炎症細胞”が存在せずとも,目に見えない免疫液性因子(サイトカイン,ケモカイン,増殖因子など)が関わる,あるいは病変部に炎症細胞が浸潤する眼疾患については,広義に炎症の関与が推測されている.そのため,緑内障,加齢黄斑変性,糖尿病網膜症など,炎症とは無縁であると考えられていた眼疾患についても炎症性眼疾患の範疇に含まれるようになりつつある.17種類の眼疾患の微量検体からCytometric Beads Array flex kitを用いて28種類のサイトカイン・ケモカイン・増殖因子などを包括的に測定し,さまざまな種類の機械学習による評価を行い,28種類の液性因子から疾患名を予測するモデルの作成を試みた.まずは訓練データを機械学習に読み込ませて,疾患分類モデルを作成し,ランダムにテストデータを読み込ませ疾患予測を行った.機械学習の中ではランダムフォレストが最も高い予測を示し,眼内リンパ腫ではinterleukin(IL)-10,急性網膜壊死ではmonokine induced by gamma interferon(Mig),眼内炎ではIL-6,裂孔原性網膜剝離と原発開放隅角緑内障ではmonocyte chemoattractant protein 1(MCP-1)が疾患予測に有用であることが判明した.17種類の炎症性眼疾患の累積正答率では,眼内リンパ腫,急性網膜壊死,眼内炎を高い精度で識別可能であった.以上の結果から,28種類の前房水中の免疫液性因子を解析することで,一定の炎症性眼疾患,すなわち眼内リンパ腫,急性網膜壊死,眼内炎が識別可能であった.
II.ぶどう膜炎と眼内リンパ腫におけるバイオマーカーの創出
Behçet病やVogt-小柳-原田病などの非感染性ぶどう膜炎には疾患特異的なバイオマーカーが見出されていないため,新規バイオマーカーの同定ができれば,早期診断に寄与できるのみならず,治療効果判定や再発の重要な指標となり得る.また,ぶどう膜炎との鑑別にしばしば苦慮する眼内リンパ腫では適切な診断が生命予後を左右するため,普遍的なバイオマーカーの登場が望まれる.そこで末梢血や眼内液を用いた網羅的なマイクロRNA解析とメタボローム解析を行い,ぶどう膜炎や眼内リンパ腫を識別するバイオマーカーをそれぞれ創出した.さらに,一般的な採血データや眼内液中の液性因子による数値を利用し,クラスター解析を行うことで標準的検査項目でありながら,これまでに報告のない血清IgA値によって眼内リンパ腫の生命予後を予測できる可能性が明らかとなった.
III.眼窩リンパ増殖性疾患におけるバイオマーカーの創出
リンパ増殖性疾患は眼窩腫瘍の中で最も頻度が高く,IgG4関連眼疾患と悪性リンパ腫が大半を占める.診断には病理組織学的検査が基本となるが,両者の病理像は酷似しており,確立したバイオマーカーも存在しないため,しばしば診断に苦慮する.我々が行ったオミックス解析によると,IgG4関連眼疾患と眼窩mucosa associated lymphoid tissue(MALT)リンパ腫では特徴的に変動するマイクロRNAおよび代謝物が存在することが明らかとなった.また,IgG4関連眼疾患において,採血データのクラスター解析によって,血清IgG4値や血清IgE値に基づいて他臓器病変の有無や視機能障害を推定できる可能性が示唆された.(日眼会誌125:230-265,2021)

キーワード
炎症性眼疾患, ぶどう膜炎, 眼内リンパ腫, 眼窩リンパ増殖性疾患, 免疫液性因子, マイクロRNA, メタボローム, 人工知能, 機械学習
別刷請求先
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