生命はその誕生時より,太陽から得られる「光」に適応するべく進化を続け,カンブリア紀における「眼の誕生」が種の多様性を生む要因となったと考えられている.眼疾患の病態生理を解明し治療技術を確立するうえで,我々は光と生物の相互作用の根本的な理解とその応用に取り組んできた.本稿では,光を受容する器官である眼球の臓器特性に立ち返り,光入力が生理的な組織代謝や組織形態を機能的に制御する機構を明らかにすることで,その破綻から生じる病態生理を見出し,新たな治療的介入を探索することで得られた研究成果を以下の3項目に分けて紹介する.
I.光受容器である網膜の代謝応答
38億年前に生命が海の中で誕生した際,地球上にはほとんど酸素が存在しなかった.そのような中から,およそ27億年前,光合成によって酸素を生み出すシアノバクテリアが出現し,大気中の酸素濃度は現在と同じにまで近づいた.我々哺乳類を含むほとんどの生物は酸素を利用する好気代謝で生命活動を営んでおり,酸素環境を感知しその変化に適応する「低酸素応答」機能が細胞単位で備わっている.代表的な低酸素応答の一つが,酸素を供給する経路の形成に関わる血管新生であり,発生・生理・病態生理いずれの段階においても重要な役割を担っている.網膜は個体の中で最も酸素需要の高い臓器であり,異常な低酸素応答が病的な血管新生を引き起こすことで血管新生性の網膜疾患に寄与することが分かっていた.我々は本研究を通して,血管新生のみならず,網膜内外層の神経細胞死に伴う萎縮変性ならびに網膜下線維瘢痕形成に低酸素応答が関与することを解明した.さらに天然物のスクリーニングから複数の低酸素応答制御因子を見出し,網膜視神経疾患への治療効果を動物モデルで明らかにした.また,低酸素応答から誘導されるサイトカインを眼内で非侵襲的に検出する方法を構築した.
II.光環境の眼屈折系へ与える影響とその分子機序の解明
地球の自転・公転に適応するため,生物は光受容による概日リズム・概年リズムを調整する仕組みを築き,そこから「視覚」が派生した.視覚の誕生以前から現在においても生物は「非視覚光応答」により生体の恒常性を維持している.代表的な非視覚光応答が対光反射と概日リズムの光同調であり,いずれも網膜内層に存在するOPN4(メラノプシン)を発現する網膜神経節細胞がこの機能を担うことが知られていた.屋外活動時間の低下が学童近視増加の要因であることが世界各国の疫学調査で指摘されていたが,屋内外環境の差異のうち,短波長可視光であるバイオレットライトに近視進行抑制効果があることを,我々は,動物モデル,学童近視,成人強度近視,それぞれを対象とした研究で明らかにした.そのメカニズムとして一部の網膜神経節細胞が発現し,バイオレットライト領域を最大吸収波長とするOPN5(ニューロプシン)が,非視覚光応答として眼屈折系の発達に寄与し,過度な眼軸長伸長を抑制することを見出した.さらに,OPN5陽性網膜神経節細胞のバイオレットライト受容による細胞内シグナル伝達とその軸索の脳内への投射経路,脳内神経核刺激による脈絡膜血流の調節機構,強膜リモデリングによる眼軸長伸長という近視進行に関わる一連の分子生物学的メカニズムを解明した.
III.光遺伝学を用いた視覚再生
視覚・非視覚いずれの光応答も我々の網膜に存在し,ビタミンA誘導体レチナールがシス型で光受容する動物型ロドプシン(タイプIIオプシン)によって機能している.一方,緑藻類などの微生物は我々動物とは異なりトランス型レチナールで光受容する微生物型ロドプシン(タイプIオプシン)を発現し,走光性などの生体活動を担っている.これら微生物型ロドプシンは一つの分子で光受容によるイオンチャネルあるいはポンプ機能などを有し,光駆動性の細胞操作技術(光遺伝学)としてニューロサイエンス分野に利用されてきた.眼科分野では,網膜外層の障害に起因する疾患に対して光遺伝学を応用することで,残存する網膜内層の神経細胞へ光受容能を付与し,視覚再生を構築する技術が近年報告されている.海外では治験がすでに開始されているが,これまでの技術では視覚再生に応用するには感度が低いという欠点があった.我々は,微生物型と動物型のロドプシンを組み合わせた高感度かつ単体で働き続けられるキメラロドプシンを用いた視覚再生遺伝子治療技術の開発に成功し,網膜色素変性患者への投与に向けて準備を進めている.
以上,生命が光を受容し,生体活動へ結びつける個々の進化・発生・生理機構を理解することで,未だ治療法のない眼疾患を克服する道筋へと結びつけた.開発し続けてきたこれら治療・検査技術の発展を紹介したい.(日眼会誌129:354-378,2025)