論文抄録

第116巻第3号

評議員会指名講演I

第115回 日本眼科学会総会 評議員会指名講演I
緑内障研究の進歩
原発開放隅角緑内障(広義)への挑戦
―臨床的諸問題とその科学的解決―
杉山 和久
金沢大学医薬保健学域医学系視覚科学分野

原発開放隅角緑内障(primary open-angle glaucoma:POAG)(広義)は,我が国での有病率が3.9%で緑内障全体(有病率5%)の約8割を占める.POAG(広義)の臨床的問題点を病態,眼圧,薬物治療,神経保護,手術の各分野から抽出し,科学的手法を用いて解決を試みた.
POAG(広義)の病態解明の糸口として,網膜神経線維層欠損(nerve fiber layer defect:NFLD)と乳頭出血(disc hemorrhage:DH)の関係に着目した.NFLDを明瞭に確認できる正常眼圧緑内障(normal-tension glaucoma:NTG)を対象に,経時的にNFLD角度を測定し,拡大群と不変群の長期経過の差異を,DHの出現,視野障害の進行から解析した.その結果,NFLD拡大群のほうが有意にDHの頻度が高く,視野障害の進行を認めた.DHはそのほとんどがNFLDの境界近傍に生じ,NFLDはDHを来した方向に拡大し,しかも黄斑側に拡大しやすい.DHはNFLDが拡大する際に毛細血管網が破綻して境界線に沿って出現する可能性が高い.NFLDの境界線が早期緑内障での進行のActive siteと考えられる.
病態の新しい評価法として,三次元光干渉断層計(optical coherence tomography:OCT)と眼底像視野計を組み合わせたOCT対応眼底像視野計を考案し,緑内障性視神経症の構造と機能の関係を検討した.緑内障早期例では,NFLDの境界線付近で視野の感度が低下し,その部位の網膜神経線維層が薄く,DHの好発部位と一致する.
眼圧日内変動はなぜ生じるのかを解明するため,時計遺伝子であるCry1Cry2遺伝子ダブルノックアウトマウスを作製し,眼圧日内変動を測定した.Wild-typeマウスは12時間明暗,恒暗条件で眼圧の二相性の変動を示したが,Cry1Cry2遺伝子ダブルノックアウトマウスでは,明暗,恒暗のどちらの条件下でも有意な眼圧変動が認められなかった.マウス眼圧の日内変動が時計遺伝子による中枢時計の支配を受けている.また,中枢時計のサーカディアンリズムは交感神経を介して眼圧日内変動に影響を与えることが報告されている.
患者の眼圧日内変動をある程度予測できないかと考え,検査入院で連続2日間の眼圧日内変動を測定したNTG患者において,眼圧日内変動と交感神経αおよびβ受容体遺伝子の多型の関係を解析した.日内眼圧レベルが,α2BのDel301-303,α2CのDel322-325,β1のS49 Gの遺伝子型により有意に異なるという結果が得られた.
薬物治療のテーラーメイド化を目指して,健常人のラタノプロストによる眼圧下降作用がプロスタグランジンFP受容体遺伝子の一塩基多型(single nucleotide polymorphism:SNP)と関連があるかどうかを解析した.プロモーター領域のrs3753380,および第1イントロンのrs3766355において遺伝子型と眼圧下降作用の間に有意な関連がみられた.
ラタノプロストによる眼圧反応性に関して健常人を対象に片眼トライアルの有用性を検証した.その結果,両眼トライアルでは左右眼の眼圧は同様に変動するが,点眼前後の1日のみ眼圧測定を行う片眼トライアルでは他眼の眼圧反応を予測することは難しいことが判明した.そこで,POAG(広義)患者で点眼前後にそれぞれ日を変えて2回の眼圧測定を行う片眼トライアルを実施したところ,他眼の眼圧反応と有意に相関した.
神経保護薬の評価系の確立を目指して,ラットの網膜神経節細胞,網膜神経線維層,網膜内層などの生体観察,定量的評価を行った.生体観察ラット網膜神経節細胞の細胞体は,蛍光色素で逆行染色した後に走査レーザー検眼鏡によってin vivoで観察可能であり,視神経挫滅モデルにおいて変化を定量的に評価した.同時にラット専用のOCTを開発し,視神経挫滅モデルにおいて網膜神経線維層の変化を生体で経時的,定量的に観察した.OCTで測定した網膜神経線維層厚は同一眼の組織切片における網膜神経線維層厚と有意に相関した.
線維柱帯切除術では術中のマイトマイシンC(MMC)使用が濾過胞存続のための標準術式となっているが,房水漏出や晩期濾過胞感染の原因となる無血管性濾過胞の形成が大きな問題となっている.そこで,新しい方法として片面にハニカム構造を持ち裏面は平滑面である生体適合性素材の乳酸カプロラクトン共重合体から作られたフィルムの有用性をウサギ全層濾過手術モデルで検討した.その結果,フィルムの単独使用の場合,ハニカム面が濾過胞内壁を裏打ちし,平滑面が濾過胞の癒着を防ぎ,MMCと同等の濾過胞維持効果を示した.(日眼会誌116:233-268,2012)

キーワード
原発開放隅角緑内障(広義), 正常眼圧緑内障, 乳頭出血, 網膜神経線維層欠損, スペクトラルドメイン光干渉断層計, 眼底像視野計, 眼圧日内変動, 時計遺伝子, テーラーメイド薬物治療, 片眼トライアル, 走査レーザー検眼鏡, ラット専用光干渉断層計, 緑内障濾過手術, ハニカムフィルム
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