論文抄録

第117巻第3号

評議員会指名講演Ⅲ

第116回 日本眼科学会総会 評議員会指名講演III
神経眼科の進歩
視神経炎
―免疫学的アプローチによる病態の解明と新規治療法の開発―
毛塚 剛司
東京医科大学眼科学教室

視神経炎の発症機序は形態解剖学および生理学の進歩とともに,19世紀末から20世紀初頭にかけて急速に解明されてきた.その後の医学および医療用周辺機器の進歩により着実に病態の解明が進められ,さらに近年では視神経炎の解析は分子免疫学や遺伝子工学の進歩によって新たな局面を迎えようとしている.本報告では視神経炎の発症メカニズムと,それに伴う新規治療法の可能性について検討した結果を示した.
抗aquaporin(AQP)4抗体が関与する視神経炎は副腎皮質ステロイド治療に抵抗し,視神経から視交叉,さらに視索に障害を起こし,多岐にわたる視野異常を来すことが判明した.また,アストロサイトを標的とした抗AQP4抗体が陽性で,かつミエリン-オリゴデンドロサイトを標的とした抗myelin-oligodendrocyte glycoprotein(MOG)抗体の陽性例では視神経炎が重症化していた.髄液中のglial fibrillary acidic protein(GFAP)測定は,抗AQP4抗体陽性視神経炎の診断に有用である可能性が示された.
実験的自己免疫性視神経炎モデルを用いた研究で判明したことは,多発性硬化症に併発するようなミエリン-オリゴデンドロサイトを傷害するパターンと,抗AQP4抗体陽性視神経炎のようなアストロサイトを傷害するパターンに分けられ,抗AQP4抗体が関与する視神経炎では視神経内にIgGが沈着し,アストロサイトの障害を起こすことが推察された.また,多発性硬化症に関連する視神経炎モデルでは,まず視力低下が起こり,引き続き視神経内へ補体が沈着し,ミクログリアや炎症細胞が浸潤することが判明した.その後,神経軸索数が減少するとともに視覚誘発電位(visual evoked potential:VEP)の潜時も延長していた.治療のことを念頭に置いた場合,視力が低下してVEPの潜時が延長する前の段階,つまり視神経内に細胞が浸潤してくる時点で適切な治療を行う必要があると思われた.
多発性硬化症に併発する視神経炎のモデルと考えられるマウス実験的自己免疫性視神経炎(experimental autoimmune optic neuritis)に対する各種免疫療法を検討した結果,まず前房内免疫偏位(anterior chamber-associated immune deviation:ACAID)の誘導により,視神経炎が抑制可能であることが示された.この現象を応用し,カルシトニン遺伝子関連蛋白質(calcitonin gene-related peptide:CGRP)遺伝子を導入した樹状細胞やinterleukin(IL)-10遺伝子を導入した樹状細胞による細胞治療により,視神経炎が抑制可能であることが明らかとなった.さらに,より現実的な治療法として,マウス視神経炎に対する新しい多発性硬化症治療薬FTY720(フィンゴリモド)の投与は,視神経への細胞浸潤を抑制することが示された.これらの実験結果でも示されたように,発症後早期から視神経への細胞浸潤を抑制する治療法が視機能の維持に重要であると考えられた.(日眼会誌117:270-292,2013)

キーワード
アクアポリン4, 視神経脊髄炎, 実験的自己免疫性視神経炎, アストロサイト, オリゴデンドロサイト, 細胞治療, FTY720, フィンゴリモド, glial fibrillary acidic protein
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