直面する少子高齢化社会において,視機能を保存・回復させる次世代の眼科治療が医学的・社会的に希求されている.このような未来の眼科治療のパラダイムとして,2つの分野が核となると考える.一つは,円錐角膜や緑内障,黄斑変性などの慢性疾患に対する潜在時期/発症早期に対するprecision medicineをベースにした予測医療・早期介入治療である.もう一つはregenerative therapy(再生治療法)であり,これには細胞治療,再生医療,人工角膜,人工網膜などが含まれる.
Precision medicineとは,ゲノム情報や環境要因が疾病発症/進行にどのように影響するか調べ,各々の疾病について患者をサブグループに分け,そのグループごとに適切な発症予防法や治療法を開発するという概念である.円錐角膜やドライアイなど角膜疾患に対してもprecision medicineの実践が有用と考えられるが,そのためには,ゲノム,画像,バイオマーカーなどの総括的な研究を実施し,疾患の発症や進行に関わるマーカーを探索することが必須である.本稿では,円錐角膜を対象に,疾患の発症や進行予測を目指して取り組んできたバイオマーカー,遺伝子マーカーの2つの探索研究の結果を紹介する.
再生医療の開発には,幹細胞とそれを維持する微小環境(ニッチ)に関する基礎研究が必須である.我々は,N-カドヘリンという細胞接着分子が角膜上皮幹細胞ニッチに重要であることを世界に先駆けて提案してきた.また,p75陽性の角膜内皮細胞が角膜内皮前駆細胞の候補であることを初めて報告した.また,このような基礎研究の成果を活かして,角膜上皮と角膜内皮の再生治療法の開発を推進してきた.角膜上皮の再生治療法については,角膜上皮幹細胞疲弊症に対する自家口腔粘膜上皮細胞シートを世界で初めて開発し,first-in human臨床研究,多施設臨床研究を経て,医師主導治験を開始した.また,さらにより良い視力回復が得られる方法を目指し,iPS細胞を用いた自家角膜上皮再生医療の開発を進めてきた.一方,角膜内皮については,iPS細胞由来他家角膜内皮細胞を使用する再生治療法の開発を進めている.
未来医療の実現は一筋縄ではいかない.真に患者に役に立つイノベーションは,世代を超えてはじめて生まれてくる.科学というバトンを次世代へつないでいきたい.(日眼会誌120:226-245,2016)