論文抄録

第121巻第3号

特別講演II

第120回 日本眼科学会総会 特別講演II
眼疾患への抗加齢アプローチ―ドライアイから網膜色素変性,近視まで
坪田 一男
慶應義塾大学医学部眼科学教室

緑内障,加齢黄斑変性をはじめとしてドライアイなど眼疾患の大部分は加齢によって罹患率が上昇する加齢関連疾患である.また網膜色素変性症や近視も遺伝の素因があるものの,加齢によって病態が進行することから加齢関連疾患ともいえる.そこで個々の疾患一つひとつをターゲットにするのではなく,加齢そのものにチャレンジして結果的に眼疾患を治療するという新たなアプローチが始まっている.
現在の抗加齢アプローチの基本はカロリー制限(CR)であり,さまざまなメカニズムを介して抗酸化酵素など長寿にプラスになる遺伝子群の誘導を行い健康にプラスに働くと考えられている.まずは酸化ストレスと眼疾患の関係だが,Cu,Zn-superoxide dismutase-1(Sod-1)ノックアウトマウス,Mev1トランスジェニックマウス,Nrf-2ノックアウトマウスなど酸化ストレスが増大する遺伝子改変マウスや,喫煙などの酸化ストレス増大状態では,涙液分泌が減少しドライアイを発症することを確認した.近年,マイクロバイオームが注目を集めているが,ドライアイ研究においてもラクトフェリンや乳酸菌サプリメントなどによって涙腺の酸化ストレスを減少させることが分かり,涙液を増大させるサプリメントとして臨床に使われるようになった.CRによって長寿遺伝子サーチュインが活性化するが,CRによって涙液分泌が増大し,またサーチュインを活性化するレスベラトロールやnicotinamide mononucleotide(NMN)によって網膜保護が可能なことを示した.特にNMNについては網膜色素変性症の抑制に効果がある可能性があり期待されている.また,CRの第2の経路といわれるケトン体点眼薬を開発したところCRと同じ効果があることが分かり,新しいドライアイ治療法や網膜,視神経の保護薬として臨床開発中である.その他の経路としては免疫老化の観点から小胞体ストレスの抑制,低酸素誘導因子(HIF)の抑制,インスリン様成長因子(IGF)経路の抑制などがあり,これらのすべての経路を介するアンチエイジングアプローチが始まっている.
以上のように抗加齢という新しい戦略による眼疾患へのアプローチが始まりつつある.現在の医療費増大に対して予防医学の導入が叫ばれて久しいが,抗加齢アプローチはまさに加齢に注目した次世代の予防医学と考えられ,大きな期待が寄せられている.(日眼会誌121:232-248,2017)

キーワード
抗加齢医学, 緑内障, 加齢黄斑変性, ドライアイ, カロリー制限, 酸化ストレス, 近視, サーカディアンリズム
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