論文抄録

第122巻第3号

評議員会指名講演I

第121回 日本眼科学会総会 評議員会指名講演II
眼科のトランスレーショナルリサーチ
網膜色素変性の治療法開発を目指して―これまでの軌跡と未来への挑戦
池田 康博
九州大学大学院医学研究院眼病態イメージング講座

網膜色素変性(RP)は,未だ有効な治療法の確立されていない難治性疾患で,我が国の失明原因の上位を占める.近年の分子遺伝学的研究の進歩により,疾患の原因となる遺伝子異常が多岐にわたることは明らかとなったものの,それぞれの病因遺伝子によってどのように視細胞死が生じるかについては不明な点が多く,遺伝子診断システムも十分には整備されていない.我々は,RPの克服を目指して,「RPの病態解明と治療法開発」というテーマでトランスレーショナルリサーチ(TR)を実践してきた.本総説では,その中から得られた新しい知見を紹介しながら,将来的な治療法確立へ向けた可能性を述べる.
1.RPに対する視細胞保護遺伝子治療
さまざまな遺伝子異常によって生じるRPに共通する最終的な病態の一つは,視細胞のアポトーシスである.このアポトーシスを制御する方法として,神経栄養因子である色素上皮由来因子を搭載した国産ウイルスベクターを用いた視細胞保護遺伝子治療の臨床応用を目指した研究を進めてきた.フェーズ1相当の臨床研究(UMIN000010260)はすでにスタートしており,現在は次世代の標準治療としての定着を目指した医師主導治験(フェーズ1/2a)の準備を進めている.
2.RPの病態解明
一般にRPでは,遺伝子異常によって杆体細胞死が引き起こされ,その後に錐体細胞死が生じる.この過程に,遺伝子異常に関連しない何らかの共通した病態(環境因子)が関与していると考えた.RPモデル動物を用いた基礎研究と600名を超える患者数に裏打ちされたデータや臨床サンプルの解析により,環境因子として「(慢性)炎症」,「酸化ストレス」,「循環障害(虚血)」が重要であり,これらが相互に作用しながらRPの病勢が進んでいくことが明らかとなった.
3.夜間視覚補助装置の開発
視力低下,視野狭窄と並んでRP患者のquality of life(QOL)を低下させる症状に夜盲がある.夜盲は病初期から認められるため,多くの患者が夜間の外出を制限されている.夜盲に対する視覚補助を目指した夜間視覚補助装置として,ウェアラブルシースルーディスプレイと高感度カメラを用いたデバイスを産学連携研究で開発し,早期の製品化を目指している.
4.RPのTRを成功させるために
RPのTRにおける問題点としては,①大型の疾患モデル動物が存在しないこと,②適切な治療評価基準がないこと,③RPがヘテロな疾患群であること,などがある.これらの問題点について解決することがRPのTRを成功させるための鍵になるのではないかと考え,それぞれについて解決策を検討した.(日眼会誌122:200-222,2018)

キーワード
網膜色素変性(RP), トランスレーショナルリサーチ(TR), 視細胞保護遺伝子治療, 色素上皮由来因子(PEDF), 炎症,マイクログリア, 炎症性サイトカイン・ケモカイン, 酸化ストレス, 8-hydroxy-2'-deoxyguanosine(8-oxo-dG), 網脈絡膜循環障害, 夜盲, 夜間視覚補助装置, カニクイザル, rd10マウス
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