論文抄録

第122巻第3号

評議員会指名講演III

第121回 日本眼科学会総会 評議員会指名講演III
眼科のトランスレーショナルリサーチ
多機能蛋白質に着目した糖尿病網膜症に対する創薬研究
野田 航介
北海道大学大学院医学研究院眼科学教室

近年の基礎研究は,血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor:VEGF)が糖尿病網膜症の病態形成に主要な役割を演じることを明らかとした.そして,同分子群に対する阻害薬の臨床応用は糖尿病網膜症の治療予後を劇的に改善し,現在我々はanti-VEGF eraと呼ばれるこの時代において同疾患の治療体系が刻々と変貌するのを目の当たりにしている.かつては光凝固と硝子体手術のみが進行した糖尿病網膜症に対する治療手段であったことを考えると隔世の感がある.しかしながらその一方で,情報システムの革新と研究技術の進歩を背景に蓄積される基礎および臨床研究の成果は,網膜症病態の複雑さ,VEGF単独阻害による治療の限界,そしてその弊害の可能性なども浮き彫りにした.そして,その必然としてVEGF以外の病態責任分子を標的とした糖尿病網膜症に対する創薬研究が全世界で現在行われ,複数の分子標的製剤が糖尿病網膜症の治療オプションとなるpost anti-VEGF eraが目前に迫ってきている.
糖尿病網膜症の発症および進展には,慢性炎症,そして酸化ストレスの関与が知られている.本研究においては,糖鎖など新規標的分子の探索的研究を行うとともに,この二つの病態に関わる分子としてvascular adhesion protein-1(VAP-1)/semicarbazide sensitive amine oxidase(SSAO)の糖尿病網膜症病態における役割についての検討を主に行った.VAP-1/SSAOは血管内皮細胞に発現する白血球接着分子だが,その一方で酵素活性も持つ多機能蛋白質“moonlighting protein”であり,慢性炎症と酸化ストレスの双方に関わる重要な分子の一つである.本研究ではVAP-1/SSAOが糖尿病網膜症の病態形成に白血球接着分子として関与する一方,遊離型蛋白質としてその眼内に蓄積すること,そしてその機序にVEGFや蛋白質分解酵素matrix metalloproteinasesが関与することを明らかにした.また,VAP-1/SSAOは酵素として過酸化水素および不飽和アルデヒドの一種アクロレインを産生し,血管内皮細胞における酸化ストレス亢進に寄与することとその機序を見出した.
以上の検討結果に基づいて,本稿では糖尿病網膜症におけるVAP-1/SSAO阻害剤による治療可能性について述べたい.(日眼会誌122:223-248,2018)

キーワード
糖尿病網膜症, vascular adhesion protein-1(VAP-1), セミカルバジド感受性アミンオキシダーゼ(SSAO), 酸化ストレス, アクロレイン
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