論文抄録

第123巻第3号

評議員会指名講演III

第123回 日本眼科学会総会 評議員会指名講演III
生体イメージングと眼病理
統合的アプローチによる糖尿病網膜症研究の新展開
植村 明嘉
名古屋市立大学大学院医学研究科網膜血管生物学寄附講座

近年の眼底イメージングの進歩により,糖尿病網膜症における細小血管障害の診断技術は飛躍的に向上した.しかし,その背景にある,細胞・分子レベルの異常については,未だ不明な点が多い.そこで我々は,糖尿病網膜症と同様の血管病変をマウスで再現し,生体イメージングを含むさまざまな解析手法を統合することにより,病態解明と新規創薬開発を目指した基礎研究に取り組んできた.
1.生体マウス網膜イメージング
糖尿病網膜症の発症・進展過程では,さまざまな細胞がダイナミックに形態を変化させ,網膜組織内を移動すると考えられる.こうした細胞動態を捉えるため,我々は生体マウス網膜におけるリアルタイム・イメージング技術の開発を進めてきた.我々はまず,麻酔下のマウスで進行する白内障を防止し,6時間以上にわたって眼底透見性を維持するコンタクトレンズを開発した.次にこのコンタクトレンズを,共焦点蛍光顕微鏡や二光子励起蛍光顕微鏡と組み合わせることにより,生理的および病的状況における網膜ミクログリアやマクロファージ,さらに網膜循環内の白血球や血流の動態を観察することに成功した.こうした技術を応用することにより,網膜の恒常性維持や疾患における分子メージングも可能になると期待される.
2.ペリサイト消失よる網膜血管異常
1960年代に報告されたヒト眼の病理組織解析をもとに,糖尿病網膜症では毛細血管壁のペリサイトが消失することによって,多様な血管障害が発症すると考えられてきた.しかし,高血糖モデル動物ではヒト網膜症と同様の病理変化を再現できないため,ペリサイト消失の病態生理学的意義については十分に解明されていない.こうした問題を克服するため,我々はplatelet-derived growth factor receptor βに対するモノクローナル抗体を新生仔マウスに投与することにより,高血糖を介さずに網膜血管壁のペリサイト集積を阻害する実験モデルを確立した.ペリサイトを消失した網膜では,血管壁が拡張・蛇行するとともに多数の毛細血管瘤が形成され,血管透過性の亢進に伴って浮腫・出血が急速に進行した.さらにペリサイト消失網膜に浸潤したマクロファージと内皮細胞が,vascular endothelial growth factor A,placental growth factor,angiopoietin-2を介した連鎖回路を形成することにより,炎症が遷延し,血管壁バリア機能が不可逆的に破綻することが明らかとなった.これらの結果から,糖尿病網膜症にみられる一連の病理変化が,ペリサイト消失を契機として連続的に進行しうると考えられた.
3.虚血網膜における血管再生
増殖糖尿病網膜症では,新生血管が硝子体腔に向かって伸長するため,網膜虚血が一向に改善されない.こうした状況において新生血管を網膜内に誘導し,機能的血管網を再生することができれば,網膜虚血に対する根治療法の開発につながると期待される.そこで我々は,新生仔マウスにおいて新生血管が網膜内に整然と伸長する過程を解析することにより,ニューロン由来のsemaphorin 3E(Sema3E)が内皮細胞のPlexinD1受容体に結合して低分子量G蛋白質RhoJを活性化し,誤った方向に伸長する血管新生を退縮させることを明らかにした.我々はさらに,虚血網膜症モデルマウスの眼内にSema3E蛋白質を投与して,硝子体腔に逸脱する新生血管のPlexinD1を活性化することにより,網膜血管再生に影響を及ぼすことなく,異常血管新生を選択的に阻害することに成功した.これらの結果から,Sema3E―PlexinD1-RhoJシグナルの活性化による,網膜血管再生療法の可能性が示唆された.(日眼会誌123:312-336,2019)

キーワード
糖尿病網膜症, マウス, 生体イメージング, ペリサイト, 内皮細胞
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