論文抄録

第126巻第3号

特別講演I

第125回 日本眼科学会総会 特別講演I
網膜研究とデータサイエンス
坂本 泰二
鹿児島大学大学院医歯学総合研究科眼科学

データサイエンスはデータ解析を行う学問であるが,この状況が近年劇的に変化してきている.人工知能(AI),
第5世代(5G)通信ネットワーク,モノのインターネット(IoT)などが社会実装され,社会を一気に変えつつある.この変化は医療においてはデジタル医療革命と呼ばれ,世界中に広がりつつある.この変化に対する我々の研究を紹介する.
I.画像解析におけるAIの可能性
眼科は診療や研究に画像を用いることが多いが,客観性や定量性が不十分であったので,AIを導入して客観性や定量性のある画像解析を研究した.脈絡膜の光干渉断層計(OCT)en face画像について層別化を試みた.support vector machine(SVM)を用いたAIにより脈絡膜en face画像を層判別するアルゴリズムを開発した.学習用データの各特徴量からSVMモデルを作成し,検証用データを用いて,脈絡膜の各層に対する決定係数を算出した.その結果,決定係数は平均0.985であった.このことは,これまで定性的にしか区別できなかった画像をAIにより客観的かつ高い再現性を持って分類できることを示すものである.また,同法で得られたen face画像について,脈絡膜血管走行のパターン分類を行った.中心性漿液性脈絡網膜症(CSC)を対象としてen face画像を取得し,血管面積,血管長と平均血管径を定量し,正対称方向に走行する血管割合(symmetry index)を算出した.その結果,CSC眼ではHaller層血管が拡張しているだけでなく,上下で非対称性の走行を取っていた.この構造的差異は疾患眼だけではなく僚眼にもみられたので,CSCにおける先天性素因の存在を確認することができた.正常眼の黄斑直下の脈絡膜には太いHaller層血管が存在しないため血管が拡張しても黄斑部への影響は少ないが,CSC眼では非対称性にHaller層血管が走行するため,Haller層血管が拡張すると黄斑下の脈絡膜内層が圧排され,血液網膜関門が破綻して,滲出液が網膜下に貯留するのがCSCであると考える.
II.AIによる新しい研究テーマの創出
眼底所見から性別判定が可能であることをAIは証明したが,その証明過程は不明である.そこで眼底写真に関連する定量化された蓄積データを集め,それらのみで性別を予測できるか否かについて調べた.その結果,約80%の確率で眼底から性別を予測できた.女性の眼底は男性よりも緑色が強く,上耳側動脈が黄斑の近くを走行するなどの特徴があった.それらが何を反映しているかを研究したところ,生下時に60%程度は男女差の特徴がすでに備わっており,第二次性徴を過ぎてそれが80%に増加することが分かった.人間が思いもつかなかった現象や事実をAIが発見して,それを人間が研究したという事実は,眼科研究史的にも大きな意味を持つ.今後は研究テーマの発掘もAIが中心となるかもしれない.
III.ビッグデータの重要性
ビッグデータこそが今後の眼科におけるデータサイエンスの中心である.日本網膜硝子体学会(JRVS)は,2016年にJRVS理事施設で施行された全網膜剝離手術症例について登録し,3,446例が集積された(J-RDレジストリ).さまざまな解析が行われ,経毛様体扁平部硝子体切除術と強膜内陥術を選ぶ術者の傾向,視力変化,剝離部位による手術成功率の差など,2016年時点の日本の網膜剝離についての基礎データが完成した.さらに傾向スコアマッチングを用いてこのデータを解析したところ,シリコーンオイルタンポナーデがガスタンポナーデよりも網膜障害が強いこと,内的網膜下液ドレナージは術後に網膜前膜を生じやすいというエビデンスなどが得られた.ほかにも,治療における男女差など現在も多くの知見が得られ続けている.ビッグデータは今後の眼科医療を正しく進めるうえで重要なものである.しかし,日本はその点で立ち遅れており,その早期の確立が必要である.(日眼会誌126:221-253,2022)

キーワード
人工知能, ビッグデータ, 機械学習, Google, ディープラーニング, デジタル医療
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