論文抄録

第127巻第3号

評議員会指名講演II

第126回 日本眼科学会総会 評議員会指名講演II
眼科診断・治療のイノベーション
眼炎症性疾患における炎症活動性の定量的評価法の確立と新たな治療戦略を目指して
慶野 博
杏林大学医学部眼科学教室

近年の眼炎症性疾患(ぶどう膜炎)診療の進歩として,眼内液を用いたポリメラーゼ連鎖反応(PCR)検査の普及による感染性ぶどう膜炎の診断率の向上や,非感染性ぶどう膜炎に対する腫瘍壊死因子(TNF)α阻害薬に代表される生物学的製剤の導入などがあげられるが,その一方で依然として診断に苦慮する症例や視力予後不良例も存在する.これらの課題を克服するためには正確な診断,ぶどう膜炎の活動性の客観的・定量的な評価に基づいた治療,疾患の病態理解,分子病理学的機序に基づいた新たな治療戦略が必要とされる.そこで本研究では,以下3項目について述べる.
I.画像解析によるぶどう膜炎の活動性の客観的・定量的評価法の確立
1)前眼部光干渉断層計(OCT)を活用した前房細胞スコアの定量的評価
現在,ぶどう膜炎の前房内炎症の評価にはStandardization of Uveitis Nomenclature(SUN)Working Groupによって提案されたグレーディングが用いられているが,主観的・半定量的なものであり,より再現性の高い客観的な評価システムの確立が求められる.本研究ではぶどう膜炎患者の前眼部OCT画像を用いて前房内の細胞領域の自動定量化を試みた.さらに,交差検証試験を行った結果,眼科医による前房細胞グレードと前眼部OCTによる前房内の細胞領域数から対数近似式を用いて算出された前房細胞グレード近似値の間に有意な相関性が認められ,前眼部OCT画像を用いた細胞領域の測定は前房細胞の客観的・定量的評価に有用であると考えられた.
2)機械学習を用いたフルオレセイン蛍光眼底造影検査(FA)画像における蛍光漏出領域の定量的評価
現在,ぶどう膜炎の診療においてFAが眼底病変の検出およびモニタリングに用いられているが,その評価は定性的・主観的であり,検者間の評価のばらつきなどが課題とされる.本研究では広角眼底観察機器であるOptosを用いて撮影したぶどう膜炎患者のFA画像における網膜血管からの蛍光色素の漏出領域を定量的に評価するため,機械学習の手法を用いてFA画像から網膜血管を検出するアルゴリズムを確立し,FA後期像から視神経乳頭と網膜血管領域を同定し,FA初期像との間で差分処理を行うことで蛍光色素の漏出領域を自動で抽出するシステムの確立を試みた.その結果,漏出領域の適合率,再現率はそれぞれ43.4%,52.9%であった.また,自動抽出された漏出領域をピクセル値で定量化したところ,国際的なスコアリングシステムを用いて算出されたFAスコア値との間に有意な相関性を示した.
3)中心窩下脈絡膜厚に注目した急性期Vogt-小柳-原田病の疾患活動性の定量的評価
本研究ではOCTを用いてステロイドパルス治療開始1週後の中心窩下脈絡膜厚に注目し,治療開始後の臨床経過について検討を行った.その結果,パルス治療開始後の中心窩下脈絡膜厚が肥厚している群(500 μm以上)のほうが,経過中の夕焼け状眼底や併発白内障の発生頻度が有意に高く視力予後も不良であった.急性期Vogt-小柳-原田病治療初期の中心窩下脈絡膜厚の定量的評価は重症度評価の重要なバイオマーカーになる可能性がある.
II.血清中microRNA(miRNA)を活用した分類不能(特発性)ぶどう膜炎の新たな分類と病態理解
近年,特発性ぶどう膜炎と診断された症例の中に眼サルコイドーシス国際診断基準の眼所見(7項目中3項目以上)を満たす症例(眼サルコイドーシス疑い群と定義)が一定数存在することが報告され,眼サルコイドーシスに近似したphenotypeの存在が推測される.我々は悪性腫瘍などの診断や病勢を判定するバイオマーカーとして注目されているmiRNAに着目し,健常人群,眼サルコイドーシス群,眼サルコイドーシス疑い群で血清中miRNAの発現プロファイルの違いについて検討した.主成分解析およびクラスター解析を行ったところ,健常人群と比較して,眼サルコイドーシス群,眼サルコイドーシス疑い群のmiRNAの発現パターンが近似しており,同時に行ったpathway解析でもwingless/integrated(WNT)signaling pathwayやtransforming growth factor(TGF)-β signaling pathwayなどが共通して検出された.これらの結果より,既存の全身検査では眼サルコイドーシスの診断には至らなくても,眼サルコイドーシスの眼所見を呈する特発性ぶどう膜炎の病態において眼サルコイドーシスと共通する分子メカニズムが作用していることが示唆された.
III.酸化ストレス関連分子nuclear factor-erythroid 2-related factor 2(Nrf2)を標的とした新たな治療戦略
本研究では抗酸化ストレス関連分子として知られるNrf2に注目し,ぶどう膜炎の動物モデルとして知られる実験的自己免疫性ぶどう膜網膜炎(EAU)を誘導し,酸化ストレスと自己免疫性ぶどう膜炎との関連について検討を行った.Nrf2欠損マウスでは野生型マウスに比べてEAUが重症化し,その病態に眼内サイトカインの発現上昇や,網膜内のグリオーシスの亢進,マイクログリアの増加が関与していることが示唆された.さらにNrf2活性化薬である2-cyano-3,12 dioxooleana-1,9 dien-28-oyl imidazoline(CDDO-Im)を経口投与することでEAUの軽症化が誘導された.これらの結果よりNrf2が難治性ぶどう膜炎の治療標的分子となる可能性が考えられた.(日眼会誌127:367-401,2023)

キーワード
眼炎症性疾患, ぶどう膜炎, 疾患活動性の定量評価, 機械学習, 特発性ぶどう膜炎, 眼サルコイドーシス, 抗酸化ストレス機構
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