論文抄録

第128巻第3号

特別講演I

第127回 日本眼科学会総会 特別講演I
Macular imaging~病態のより深い理解へ
飯田 知弘
東京女子医科大学眼科学講座

高度な視機能を司るためにきわめて精巧に「創られた」黄斑ではあるが,そこにはさまざまな病変が生じてしまう.なぜ,黄斑には病変が起こりやすいのか.Macular imagingを用いて,疑問を解決するために取り組んできた研究を紹介して,黄斑疾患の病態理解と治療への展開,そして今後の研究の展望を論じたい.
I.光干渉断層計(OCT)による脈絡膜・強膜構造の解析
OCTを用いて,長らくブラックボックスであった脈絡膜の構造解析を行った.中心性漿液性脈絡網膜症(CSC)に対する光線力学的療法(PDT)は,病的状態にある脈絡膜厚,脈絡膜血管径と血管透過性亢進を正常化させて,網膜下液を消失させることが分かった.これは脈絡膜形態が治療により変化して,治療効果と密接に関係することを示した最初の研究であった.ポリープ状脈絡膜血管症(PCV)でも脈絡膜の状態は疾患活動性に関与していた.新生血管型加齢黄斑変性(AMD)でもPDTや抗血管内皮増殖因子(VEGF)薬により脈絡膜厚は減少し,その程度は治療反応に連動しており,「脈絡膜所見に基づく新生血管型AMD治療戦略」という新しい考え方を提唱した.現在では臨床治験でも脈絡膜厚測定が行われるなど,その重要性が認識されてきている.Vogt-小柳-原田病(VKH病)では急性期に脈絡膜厚は著しく増加し,治療により急速に減少する.時に視神経炎などとの鑑別が困難な乳頭浮腫型VKH病でも同様であり,OCTによる脈絡膜観察は診断と治療効果判定に有用である.
強度近視眼と傾斜乳頭症候群で,脈絡膜よりさらに深部にある強膜画像を解析して,黄斑部に限局した強膜肥厚があること,その形態異常がさまざまな黄斑病変を引き起こすことを示した.強度近視眼における眼軸長延長に伴う強膜伸展は均一ではなく,黄斑部には限局した強膜肥厚があり,視機能維持のために黄斑部での眼球形態を保持する機構が存在する可能性がある.
II.超広角OCTの開発と病態解明へのアプローチ
共同研究開発を進めているprototype超広角OCTでは,眼底後極部から赤道部までの幅約31.5 mm,深さ約10.9 mmの範囲を撮影可能である.裂孔原性網膜剝離など周辺部の網膜病変だけでなく,広範囲の脈絡膜構造・体積や眼球形態を捉えることができる.超広角OCTを用いてCSCを観察したところ,脈絡膜肥厚は後極部のみに限局しており,周辺部では正常眼と差がないことが分かった.これは,CSCでは後極部の脈絡膜に水分貯留が起こりやすい眼球形態をしていることを示唆し,なぜ黄斑部に発症するのかという疑問に新しい考え方を提供する.
III.光干渉断層血管撮影(OCTA)による中心窩構造の解析
中心窩形成・発達の過程で網膜内層は遠心性に移動して中心窩陥凹と中心窩無血管域(FAZ)が形成される.非侵襲的に網膜毛細血管を評価できるOCTAはOCT断層像のvolume scanを行っていることから,FAZ評価と同時に中心窩の形態変化を詳細に観察できる.正常眼でもFAZがなく網膜内層が残存している例があることが分かり,これは軽度の先天中心窩低形成である.
未熟児網膜症(ROP)既往眼でも,FAZの縮小・消失と,中心窩での網膜内層の残存があり,FAZ面積は在胎週数と相関していた.ROP既往眼では,中心窩が未発達な状態が小児期にも持続していた.FAZが極端に小さな例を含めて全眼で,中心窩視細胞層の中心点(foveal bulge)はFAZ内に位置しており,FAZ形成と視細胞層の発達には密接な位置関係があることが分かった.
IV.数理モデルによる中心窩形成過程の解明
中心窩形成に関しては,少数例のヒト剖検眼とサル眼での研究が進められてきており,未だ不明な点が多い.そこで,ヒト網膜のFAZ形成と中心窩陥凹の発生に関して,数理モデルを用いてin silicoで形態形成過程を再現することで,メカニズムの解明を目指している.ヒト網膜血管パターンの数理モデルでは,FAZを形成する網膜血管の発生過程が得られ,ROP眼でみられる周辺部の無血管領域や湾入が再現された.中心窩陥凹形成モデルでは中央に弾力性のある部位を設け,水平方向と垂直方向の力を加えることで,OCT画像に類似した陥凹形態が得られた.これらのモデルの疾患シミュレーションへの応用を進めている.黄斑部に形態変化が起こりやすいのは,中心窩網膜に弾力性があることが関係している可能性がある.(日眼会誌128:159-196,2024)

キーワード
光干渉断層計(OCT), 光干渉断層血管撮影(OCTA), 数理モデル, 黄斑疾患, 中心性漿液性脈絡網膜症(CSC), 加齢黄斑変性(AMD), 未熟児網膜症(ROP), 脈絡膜構造, 強膜構造, 中心窩形成, 中心窩無血管域(FAZ)
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