論文抄録

第128巻第3号

特別講演II

第127回 日本眼科学会総会 特別講演II
黄斑浮腫を何としても治す~他力本願なトランスレーショナル・リサーチの完成物語~
村田 敏規
信州大学医学部眼科学教室

糖尿病黄斑浮腫は日本人の勤労世代における視力低下の最大の原因である.1995年,著者らは,vascular endothelial growth factor(VEGF)が糖尿病黄斑浮腫の原因物質であることを,世界で初めて報告した.この報告から約30年,現在,抗VEGF薬硝子体内注射は糖尿病黄斑浮腫治療の第一選択となっている.黄斑浮腫により視力が低下した場合,早期に抗VEGF薬治療を開始して浮腫を吸収させ,視細胞の破壊を防ぐ(導入期治療).その後,定期的な抗VEGF薬硝子体内注射で浮腫の再発を防ぐ(維持期治療).この方法で視細胞の破壊を防ぎ,浮腫のない状況を維持できれば,矯正視力(1.0)を取り戻せることが報告されている.
しかし,これらの臨床研究での推奨されたプロトコールは,数年にわたって頻回の抗VEGF薬硝子体内注射が必要で,高額の薬剤費と通院の負担が障壁となり,実臨床では実施しにくい治療であった.我々はこれを,抗VEGF薬硝子体内注射回数を減少でき,実臨床で糖尿病黄斑浮腫患者の視力を救える治療に改良した.
具体的には,毛細血管瘤からの漏出をレーザーで止める直接凝固(50 μm,0.03秒,150~250 mW)などの方法を併用して,可能な限り少ない抗VEGF薬硝子体内注射で浮腫を吸収させる.この際,光干渉断層計(OCT)黄斑厚みマップを用いて視力をおびやかす浮腫(CSME)の有無を常に確認することが重要である.視力良好例でも,CSMEが中心窩付近まで迫っている症例は多く,このような症例にそのまま汎網膜光凝固を施行すると,黄斑浮腫による視力低下を誘発してしまう.OCT黄斑厚みマップでモニタリングしながら,抗VEGF薬硝子体内注射と毛細血管瘤の直接凝固を併用することで,CSMEが中心窩に及ばないように,汎網膜光凝固を完了することが重要である.
最後に,現在研究中の人工知能(AI)を用いて,造影剤を用いない(アナフィラキシーショックのリスクがない)光干渉断層血管撮影(OCTA)をもとに,従来造影剤を用いなければ描出できなかった漏出や毛細血管瘤の検出が可能なAI推論フルオレセイン蛍光眼底造影(AI-FA)を開発したことについても報告した.
この総説が若い眼科医にとって,古い世代の奮闘と失敗から学び,長期の研究計画を立てて,世界へ飛び出すための後押しとなれば幸いである.さらに,記載した臨床症例と治療プロトコールが,これからの日本の眼科医の糖尿病黄斑浮腫診療の一助となれば,これほどの喜びはない.(日眼会誌128:197-215,2024)

キーワード
視力をおびやかす浮腫(CSME), 糖尿病黄斑浮腫, 糖尿病網膜症, vascular endothelial growth factor(VEGF), 毛細血管瘤凝固, グリッドレーザー, hypoxia inducible factor, 錐体細胞, トランスレーショナル・リサーチ, 硝子体手術, 人工知能(AI), フルオレセイン蛍光眼底造影(FA), 光干渉断層血管撮影(OCTA)
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