論文抄録

第128巻第3号

評議員会指名講演I

第127回 日本眼科学会総会 評議員会指名講演I
炎症・感染とこれからの眼科診療
眼炎症疾患におけるアンメットニーズへの挑戦
武田 篤信
九州大学大学院医学研究院眼科学講座

分子生物学的手法や検査機器の開発といった技術革新により,ポリメラーゼ連鎖反応法を用いた眼内液中の網羅的病原体遺伝子解析,ゲノム解析による発症や進行予測など,診断・活動性評価法の発展が目覚ましい.また,抗tumor necrosis factor(TNF)α阻害薬や抗vascular endothelial growth factor(VEGF)薬療法に代表される生物学的製剤の登場により治療のパラダイムシフトが生じ,有効な治療法がなく,光覚を維持することすら難しかった難治性眼疾患患者に,文字どおり光を与えることが可能になってきている.しかし,これらの診断,治療法の進歩にもかかわらず依然として課題が残されている.近年,個人の臨床情報の蓄積と,ゲノム情報,遺伝子発現(トランスクリプトーム),蛋白質発現(プロテオーム)などの網羅的な解析技術の発展により,効果的な薬剤選択,再発・予後予測など,個別化医療あるいは精密医療の実現が近づきつつある.
我々の研究グループでは,①ぶどう膜炎の視力障害の原因第1位である黄斑浮腫,②ウイルスが原因となるぶどう膜炎の代表的眼疾患である急性網膜壊死(ARN)とhuman T-cell lymphotropicvirus type 1(HTLV-1)関連ぶどう膜炎(HAU),③眼疾患のなかで最も生命予後不良な硝子体網膜リンパ腫(VRL)の3疾患を,眼炎症,感染症疾患における臨床的重要課題と位置づけている.本稿では,これら3疾患を中心に,基礎研究ではヒト眼内液を用いた遺伝子や蛋白質などの網羅的解析,臨床研究では臨床データを用いた統計学的解析による視力予後予測などを中心に,その研究成果について報告する.
I.ぶどう膜炎黄斑浮腫(UME)に対する新規治療標的の探索について
UMEは,当初は副腎皮質ステロイド治療に反応していても長期的には副腎皮質ステロイド治療抵抗性や副作用により難治性となる.抗TNF阻害薬療法に対し治療効果のない症例もあり,新規治療法の開発が求められている.我々はぶどう膜炎患者由来眼内液中のサイトカイン・ケモカインなどの催炎症因子を網羅的に解析し,UMEの新規標的因子を探索した.サルコイドーシス・Behçet病に伴う黄斑浮腫では,B-cell activating factor belonging to the TNF family(BAFF)の硝子体液中の濃度が高値であることを見出した.分子生物学的手法を用いたBAFFの機能解析結果から,BAFFのUMEへの関連について報告する.
II.ARNに対する視力予後とHAUの病態解明
ARNはその激烈な転帰のため視力予後が不良となる代表的な眼疾患である.今回,九州大学病院眼科の臨床データを用いて,ARNの初診時臨床所見から視力予後予測を行った.さらに視力予後予測式の構築の試みについて報告する.
また,HAUの病態はCD4陽性T細胞が主体であるとされているが,CD8陽性T細胞でもHAUと類似した病態が生じる可能性について報告する.
III.VRLの病態制御機構の解明と遺伝子パネルによる診断について
近年,罹患数が増加しているVRLは発症後高率に中枢神経系(CNS)へ浸潤し,生命予後が不良とされている.CNS浸潤予防目的のメトトレキサートを基盤とする化学療法は予後改善に有効との報告はあるが,我々の4年以上の長期経過観察が可能であった症例の全生存解析の結果から,化学療法を施行しても短期間でCNSに浸潤し予後不良な症例があることを見出した.また,我々はVRL由来硝子体液中の催炎症因子の網羅的解析により,早期死亡例で制御性T細胞(Treg)の分化・増殖に関連するサイトカインであるインターロイキン(IL)-35の濃度上昇を見出した.さらに眼内液の遺伝子パネルを用いたVRL診断,治療薬の候補の提示についての試みを報告する.(日眼会誌128:216-233,2024)

キーワード
データ駆動型研究, 黄斑浮腫, 急性網膜壊死(ARN), Human T-cell lymphotropicvirus type 1(HTLV-1)関連ぶどう膜炎, 硝子体網膜リンパ腫(VRL)
別刷請求先
〒812-8582 福岡市東区馬出3-1-1 九州大学大学院医学研究院眼科学講座 武田 篤信
takeda.atsunobu.248@m.kyushu-u.ac.jp