本総説では,著者が歩んできた研究の軌跡を振り返りつつ,幹細胞研究および再生医療におけるこれまでの成果を紹介する.以下にその内容を各章ごとに概説する.
I.序幕(細胞の分化転換)
角膜上皮幹細胞疲弊症に対するアロ角膜上皮移植後,角膜表面には移植したアロ角膜上皮が残存せず,ホスト上皮に覆われているにもかかわらず,透明性が維持される現象が注目されていた.この奏功機序として,結膜上皮の角膜上皮への分化転換の可能性が議論されてきた.著者らは,家兎の角膜実質内へ角膜および結膜の自家移植を行う実験により,結膜上皮が角膜上皮へと分化転換する可能性を支持する結果を得た.
II.第一幕(遺伝子発現解析)
角膜上皮と結膜上皮の本質的な違いを明らかにするため,著者らは遺伝子「body mapping」プロジェクトに参画し,ヒト角膜上皮および結膜上皮の包括的な遺伝子発現リストを構築した.その中で,角膜上皮特異的な未知遺伝子について解析を進め,ヒトケラチン12遺伝子の同定に初めて成功した.この成果をもとに,ヒトケラチン12遺伝子がMeesmann角膜ジストロフィの原因遺伝子の一つであることを解明した.
III.第二幕(角膜再生医療)
角膜上皮幹細胞疲弊症に対するアロ輪部移植は,角膜への血管侵入,眼表面の慢性的な炎症,高度なドライアイの合併などにより,拒絶反応の高いリスクを伴い,奏功しにくい.また,アイバンク眼の供給も不足している.この課題に対し,著者は温度応答性培養皿を用いた細胞シート工学を導入し,角膜再生医療に応用した.これにより,片眼性の角膜上皮幹細胞疲弊症に対する自己培養角膜上皮細胞シート移植および両眼性の同疾患に対する自己培養口腔粘膜上皮細胞シート移植を開発した.これらの技術は,2020年にはヒト(自己)角膜輪部由来角膜上皮細胞シート,2021年にはヒト(自己)口腔粘膜由来上皮細胞シートとして承認・保険収載されるに至った.
IV.第三幕〔人工多能性幹細胞(iPS細胞)研究〕
ヒト(自己)口腔粘膜由来上皮細胞シート移植には,角膜内への血管侵入が制御困難であるという課題が残されていた.これに対し,著者らはヒトiPS細胞から誘導した角膜上皮細胞シートを用いた新しい再生医療の開発に取り組んだ.2019年から2022年にかけて初のヒト臨床研究(被検者数4例)を実施し,安全性および有効性を示す成果を得た.
V.第四幕(ヒューマン・メタバース医学)
著者らは,iPS細胞を活用したヒトオルガノイド研究の新たな展開として,2022年に大阪大学において世界トップレベル研究拠点(WPI)「ヒューマン・メタバース疾患拠点(PRIMe)」を設立した.本拠点では,仮想空間上に患者のバイオデジタルツインを構築する技術を開発している.これにより,疾患の発症,進行,予後を高精度で予測し,未病段階での検知および介入(精密医療),最適な薬剤や治療法の選択(個別化医療)の実現,疾患メカニズムの解明や新規薬剤の開発に取り組み,新しい医学である「ヒューマン・メタバース医学」の創成を目指している.(日眼会誌129:283-304,2025)